2019.01.30
もふもふ!雪と氷の大地を駆け抜けた犬たちのお話。【selfishな歴史犬聞録】
冬に読みたい、犬ぞりが町を救ったというお話
日本が近代化に突き進んでいた大正13年、西暦にして1924年にアラスカ北部の小さな町・ノームで起こった「ジフテリア」という伝染病の流行に端を発した物語です。
このジフテリアは、非常に致死率が高いうえに感染力が強く、多くの犠牲者を出すことが危惧されました。さらに、ノームという小さな町では治療に必要な血清のストックが十分ではなく、最悪の場合には10,000人以上の死者を出すと言う試算がされるほどの危機的なパンデミックを引き起こしていました。
さらに状況を悪くしていたのが、この流行が起こった季節でした。この流行が発生したのは北部アラスカの大地が雪と氷に閉ざされてしまう冬、12月のこと。当時の交通事情では、陸路や航路でも十分な量の血清を届けるまでに多数の死者を出してしまうことが予測されていました。
そこで、雪や吹雪、過酷な寒さに加えてクレバスや凍結した道路のような悪路でも進むことが出来る犬ぞりに白羽の矢が立ったのです。
この時、20チームの犬ぞりのマッシャー(操縦士)と150頭の犬たちが総距離1085キロを、血清を乗せて運ぶことが決まりました。
過酷な冬の1085キロ走破とその功績
さて、この1085キロという数字は、日本に置き換えると東京都から本州最北端の青森までを往復する距離に相当すると言われています。
苛酷な環境の中、日夜を問わず走り続け、次のチームへと血清のバトンを繋いだそり犬たちの中には、ケガをしてしまったり、体調を崩してしまう犬もいたのだそうです。そういった犬たちはソリに乗せて、残った犬たちとマッシャーがソリを引き、次の街まで運んだと言われています。
ノームに到着する最終チームに所属していたバルトというリーダー犬は、マッシャーが視界を失ってしまうほどの悪天候にも関わらずノームに向かってまっすぐと進み続け、驚異的なスピードで血清を届けることに成功しました。この功績を称え、ニューヨークのセントラルパークにはバルトの銅像が建立しているのだそう!
真冬のアラスカの1085キロを、ブリザードや暗闇などの過酷な条件で犬たちが走破するのに要した時間は、出発から5日後のことでした。
その後、そり犬たち
無事にノームの町の人々に血清を送り届けることに成功し、多くの人々は犬たちのおかげでジフテリアから助かったそうです。
当時は犬種として正式に認められていなかったアラスカ地方原産のソリ犬たちは犬種として固定され、シベリアンハスキーやアラスカンマラミュートなどの犬たちの祖先となっていきました。
今でもソリを引いていた犬を祖先と持つ犬たちは、長距離を走る能力や強靭な肉体、しっかりとした四肢などを持っていて、人のために走る喜びを感じられる瞬間を今か今かと待っているはず。
ポチが作った2019年版カレンダーには、1月12日に「スキーの日」が紹介されています。この日は日本人が初めてスキーに挑戦した日、として定められているのだそうですが、多くの犬は雪が大好きです。雪に触れる体験や、冬のアクティビティに連れて行ってみてはいかがでしょうか。きっと、犬たちとの絆も深まって、素敵な思い出になるはずですよ。
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POCHI スタッフ OKAPY
歴史と犬猫を愛するスタッフ。幼い頃は秋田犬と暮らす。今は猫と同居中。
学生時代の専攻は日本古代史における伝染病のほか、民俗史や習俗など。
でも生涯を通じて一番好きな題材は三国志・三国時代。
好きな犬のタイプはスピッツタイプ。アラスカンマラミュートやハスキー、サモエド、秋田犬など。大型犬と触れ合うと漏れなくテンションが上がります。