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2021.11.01
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.8 小さな犬の大きな1ヶ月
(写真・文 内村コースケ)
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
愛犬を手放さざる得ないとき
ミニチュア・ダックスフンドの「ヒュー」(仮名)と初めて会ったのは、9月初めのことだった。事情があって犬の譲渡を検討している人がいると知人から相談があり、メールで何度かやり取りをした後、ドッグカフェで飼い主さん本人と会った。
50過ぎの僕と同年代の男性で、犬は12歳のオス。ヒューを愛する気持ちは12年間変わらないが、ご家族の病気が悪化して一緒に暮らすのが難しくなっているとのことだった。プライバシー保護のため詳しい状況は伏せるが、一緒に暮らすことが、人と犬の双方にとって良くない状況を生むこともある。飼い主さんの訴えを聞けば聞くほど、そうした「犬を手放すやむを得ない事情」に当てはまるケースだと確信した。
犬の年齢を考えると保護団体や施設に委ねるのはなかなか難しいが、個人としてきめ細やかに動けば打開策が見つかるかもしれない。そう考えて、僕自身が預かるのは、既にラブラドール・レトリーバーの老犬を抱えているため難しいとお断わりしたうえで、引き受けてくれそうな人を探すことにした。
「わがままなお願いだというのは承知のうえで、最初から完全に譲渡するのではなく、また一緒に暮らせる状況になったら返してほしい」というのが、飼い主さんの希望。愛情ごと手放すのは難しいという気持ちは良く分かる。一方で、犬にとっても新しい飼い主さんにとっても、いったん情が移ってからまた元の暮らしに戻すのは酷だとも思う。とはいえ、それもケースバイケースだし、「いつか返すことになっても構わない」と、快く引き受けてくれる人がいれば、それが一番良いのではないかと考えた。
年老いた者同士、ニーズが合致したが・・・
実は最初の面会の時点で、引き取り先の最有力候補は浮かんでいた。僕の自宅がある高原の別荘地で、長年柴犬と2人だけで暮らしてきた高齢男性だ。直前に3代目の柴を亡くしたばかり。ヒューと面会する直前にお悔やみに行ったところ、また新しい犬を迎えたいが自身が高齢なために難しいと嘆いていた。亡くなった柴は飼育放棄犬の保護団体を通じて迎えた犬で、次も同じように保護犬を迎えたいとのこと。しかし、そうなると、80歳という年齢ではいくら健康に自信があっても、団体の審査がなかなか通らないのだという。
一方、ヒューの12歳という年齢では、なかなか引き取り手が見つからないのも実情だ。そこを逆手に取って、高齢がネックになっている者同士ならば、うまくマッチングできるのではないか。早速、男性に打診してみると、「いつか返すことになるかもしれない」という条件を含め、「ぜひ預かりたい」と言ってくれた。
2週間後、飼い主さんと男性宅を訪問。まずはしばらく試しに預かってもらうことにした。ところが、ヒューを部屋に入れると、いきなり畳敷きの居間にうんこをしてしまった。まあ、きっと初めての人・場所への緊張で混乱したのだろう。これまでの暮らしではしつけや健康に大きな問題は抱えていないし、男性も長年犬と暮らしてきたのでうまくやってくれるだろう。その時は特に心配することもなく、飼い主さんと共に男性宅を後にした。
しかし、この見通しが甘かった。男性と2人だけの暮らしが始まったその晩から、ヒューは悲しげに鳴きながら疲れて寝るまで部屋中をウロウロし通しだった。その間、トイレもうまくいかず、トイレシートの置き場などを工夫しても、何度も畳やフローリングに排泄してしまう。最初のうちは僕も心を鬼にしてすべてを男性に委ね、様子を見ていたが、3日、1週間と経っても状況はほとんど改善しなかった。これではさすがにヒューも男性も参ってしまうだろうと、ここでの暮らしはあきらめる決断をした。10日目にヒューを迎えに行き、一時的に僕のところへ緊急避難させた。
数日間で芽生えた絆
環境の変化によるストレスも手伝ったのだと思うが、ヒューはとても甘えん坊だった。うちでも、最初の晩は神経質そうにウロウロと歩き回っていたが、妻と僕が代わる代わる膝に乗せたり一緒に寝るとやがて落ち着いていった。トイレも、大きめのトイレトレーを洗面所に置いて抱きかかえて連れて行ってさせてみると、やがて自分からちゃんとトイレまで行って排泄するようになった。うちのアイメイト(アイメイト協会出身の盲導犬)のリタイア犬「マメスケ」ともお互いに我関せずで、特に同居がストレスにはなっていない様子だった。
そんな様子に一安心しつつ、このままうちで預かっても良いという気持ちも芽生えたが、東京の仕事場の近所で懇意にしているご家族に打診すると、引き取っても良いと言ってくれた。そこは、長年アイメイトの繁殖奉仕(アイメイト候補犬の母犬を預かって出産のお手伝いをするボランティア)・不適格犬奉仕・リタイア犬奉仕をしているご家庭で、いわば犬の預かりのプロ。「これが環境を変えるラストチャンス。ここでもうまくいかなければうちで引き取ろう」と、お願いすることにした。
そしてみんなが幸せに
そのご家庭では、ミニチュア・ダックスを飼った経験もあり、果たして期待以上に上手に迎えてくれた。最初の数日間、ヒューの不安を打ち消すために色々と工夫してくれ、1週間もすれば落ち着いた生活を送れるようになった。「時々会いに行きたい」という飼い主さんの要望にも応えてくれるという。そうした「感動の再会」は犬に無用な里心を思い出させるため難しい面もあるのだが、預かりに慣れているご家庭ゆえに心配はないだろう。回り道をしてしまったが、これでみんなが幸せになれそうだ。
人のことでも、動物のことでも、致し方のない事情や良かれと思ってやったことが、仇になってしまうことがある。今回も、最初に預かってもらった男性と、思わぬストレスを与えてしまったヒューには悪いことをしてしまった。ちょっとしたボタンのかけ違い、生活環境や接し方の違いでうまくいったりいかなかったりする。でも、それも含めて、嘘偽りのない出会いと絆を生んでくれる犬は、やっぱり素晴らしい存在だ。
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。