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2023.01.30

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.23 「犬と山」は日本人の原風景

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.23 「犬と山」は日本人の原風景

写真・文 内村コースケ

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

山岳信仰の原風景

先日、北に浅間山(トップ写真)、南に八ヶ岳(上の写真)を望む絶景スポットを見つけた。その高台の中心にある池のほとりに、古い祠(ほこら)が建っている。手を合わせると、池の向こうに山並みが広がる自然そのものに祈りを捧げているような気持ちになる。そこには、日本人の心に本来的に備わっている原風景が広がっていた。

日本人の信仰心を縄文の狩猟文化の時代まで辿ると、その対象は巨石や巨木に象徴される「自然」そのものに行き着く。とりわけ火山活動によって形成された日本列島の風土から、山は親しみと共に崇拝の対象になってきた。日本で最も古い神社の一つである諏訪大社の御神体も、境内の後背地にある「山」そのものだし、富士山がよく見える地域には富士信仰の浅間神社が建つ。「浅間」は火山を示す古語で、今も煙を吹く浅間山や「あさま」が訛ってその名がついたとされる阿蘇山も信仰の対象になっている。

諏訪大社の7年に一度の「御柱祭(おんばしらさい)」では、今の神道の形式が確立する以前の縄文的な自然崇拝の姿を垣間見ることができる。祭りの大まかな流れは、山から切り出した巨木=御柱を人々が力を合わせて神社の聖域まで引き、四隅に立てるというもの。御柱は、神輿(みこし)や山車(だし)、あるいは鳥居の原始的な形態だと言える。

御柱祭は諏訪大社だけでなく、諏訪地域全域に散らばる各分社でも行われ、これらは「小宮祭」と呼ばれる。その一つ、霧ヶ峰の最高峰・車山の小宮祭では、標高1925mの山頂まで御柱が曳かれる。八ヶ岳や富士山、北アルプスを望むパノラマを背景にした “天空の御柱祭”だ。「山」そのもので繰り広げられるだけに、自然崇拝のイメージが特に色濃く滲む。

車山の小宮祭の様子。御柱がはるばる標高1925mの山頂へ運ばれる。

車山の小宮祭の様子。御柱がはるばる標高1925mの山頂へ運ばれる。

山の民に伝わる白犬伝説

筆者と暮らしていた白い日本犬「爺さん」と三峯神社の「お犬様」(2007年撮影) ※現在はペット連れでの参拝は禁止されています。

筆者と暮らしていた白い日本犬「爺さん」と三峯神社の「お犬様」(2007年撮影) ※現在はペット連れでの参拝は禁止されています。

そして、日本の自然神の使いは古来、白犬とされた。中でも埼玉県秩父市にある三峯神社の「お犬様」がよく知られている。三峯神社の成立には、日本武尊(ヤマトタケル)が近隣の雁坂峠で道に迷った時に白い山犬が現れ、麓まで無事導いてくれたという伝説が大きく関わっている。そのため、三峯神社では、山犬を神の使いとして敬い、狛犬ならぬ「お犬様」の像が参拝者を迎える。ジブリアニメ『もののけ姫』の山犬「モロ」は、このお犬様がモデルとなっているそうだ。山犬なだけに、その姿は狼のイメージに近い。

そのほかにも、長野県駒ヶ根市の光前寺と静岡県磐田市の見付天神矢奈比賣(やなひめ)神社に伝わる霊犬「早太郎」「しっぺい太郎」伝説など、白い犬が神に代わって魔物を倒し、人々を救ったという伝説が各地に残る。

長野県駒ヶ根市・光前寺の霊犬「早太郎」の像

長野県駒ヶ根市・光前寺の霊犬「早太郎」の像

「山」と「犬」が合わさった時の神秘性は、心のどこかに古代日本人の自然信仰を受け継ぐ現代の日本人にも、本能的に感じられるものではないだろうか。僕も背景に山を背負った犬たちの姿に、ふだんは見せない威厳のようなものを感じてドキッとすることがある。

犬は皆「神の使い」

そして、多様性の時代に生きる現代人としては、「白」以外の犬も区別なく尊びたい。我が家では、今一緒に暮らしている白いラブラドール・レトリーバーの前には、「黒(ブリンドル)」のフレンチ・ブルドッグ「マメ」が、15年間パートナーとして寄り添ってくれた。長野県の蓼科高原と浅間山麓で過ごした後半生は、山が見える環境が日常だった。一緒に山登りもした。ちょっとした雪山でのスノーシューにも、頑張って同行してくれたものだ。







マメはとにかく僕たちと一緒にいてかわいがってもらうのが好きな甘えっ子で、それと同じ分だけ、たくさんの愛情を与えてくれた。皆さんの犬たちも、きっと同じだと思う。神が与えるものが「愛」だとすれば、愛情に満ちた犬がその使いだというのも、おおいに納得できる話なのだ。



■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。