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2023.03.01

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.24 「犬ぞり」に見る犬と人の「最高の笑顔」

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.24 「犬ぞり」に見る犬と人の「最高の笑顔」

写真・文 内村コースケ

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

霧ヶ峰で初開催の犬ぞりレースへ

2月4日と5日に自宅近くの長野県・霧ヶ峰高原で初めて犬ぞりレースが開催されるというので、撮影許可をいただいて見学に行った。僕自身も犬ぞりを生で見るのは初めて。写真を見返しても、とにかくみんな楽しそうだ。

犬ぞりというと、シベリアン・ハスキーをはじめとするフサフサの大型犬が10頭くらい連なって大雪原をひた走るイメージを抱きがちだが、この大会は様相が違った。会場はスキー場併設のクロスカントリーコース。2日間にわたって100m、300m、1500mと短い距離のレースが何本も行われ、60mの体験会もあった。

そり犬の頭数は1頭から多くて6頭程度。もちろんハスキーもいたが、犬種は実にさまざま。大型犬よりもむしろボーダーコリー、セッター、ポインターなどの系統の中型犬が多く、日本犬や小型犬の姿もあった。飼い主さんが前を走って誘導してはじめて走り出すようなビギナーの参加も歓迎。皆で力を合わせて楽しむことに重点を置いているのが、犬と人の目の輝きを見て感じ取れた。

日本で独自に発展した「アーバン・マッシング」

大会を運営したのは、ドッグスポーツクラブの「ドッグタウン工房」(群馬県昭和村)で、地元群馬県のほか、北海道、東北など各地で同様の大会を開催している。短・中距離レースからなるプログラムは、日本の限られたフィールドで初心者からベテランまでのマッシャー(操縦者)が、さまざまな犬種で無理なく参加できるように考えられたものだ。

「ドッグタウン工房」を主宰する平井寧(やすし)さんは、日本のドッグスポーツの第一人者で、犬ぞりも本場アラスカでも試合をこなす平井さんが広めた。アラスカでは、数日間に渡って広大な平原で行う大会が一般的で、最初は日本では無理だと周囲に止められたそうだ。そこで、スキー場や公園などの限られたフィールドで1日に短いレースを何本も行う「アーバン・マッシング」と呼ぶ新しいスタイルを生み出した。※マッシング(Mushing)=犬ぞり競技

もう一つ特筆すべきは、この大会は<真冬の霧ヶ峰「新犬ぞり物語」>と銘打たれ、ドッグスポーツを通じた地域振興を目指して開催されたことだ。主催の「霧ヶ峰ドッグ倶楽部」は、かつて訓練競技会などが多く開催され「ドッグスポーツの聖地」と言われていた霧ヶ峰の賑わいをもう一度取り戻そうと、昨年1月に結成された市民団体。9月のドッグスポーツフェスティバルに続いて、冬のイベントとしてこの地で初めて犬ぞり大会を開いた。

トレーニング風景に感動してドッグスポーツの世界に

中村孝子さんとキャンディ(左)、カリ

中村孝子さんとキャンディ(左)、カリ

実は、この<真冬の霧ヶ峰「新犬ぞり物語』>の情報を教えてくれたのは、本連載のVol.22<「Dog Snapshot 秋冬編」>にご登場いただいた女性、中村孝子さんだ。僕がたまたま軽井沢の公園を自分の犬と散歩中に、愛犬の「キャンディ」(ボーダーコリーとスタッフォードシャー・ブルテリアのミックス、5歳メス)とディスクの練習をしていて、写真を撮らせてもらった。その縁でSNSでつながり、中村さんが出場する霧ヶ峰の大会を知った。

国内で犬ぞりをしている人は、中村さんのようにほかの競技も楽しんでいる場合が多い。中村さんは今回、ディスクを得意とするキャンディと、一緒に暮らすダンスドッグの「カリ」(ボーダーコリー、3歳メス)と300mの2頭引きレースなどに参加。頭数制限のない1500mオープンレースには、仲間の犬を加えて3頭で臨んだ。

中村さんは大分県出身で、6年前に横浜から軽井沢へ移住。移住を機に飼い始めたホワイト・シェパードのしつけを念頭に、気になっていた「ドッグタウン工房」をなんとなく訪ねた。「そこで行われていたトレーニングは、見ているだけで楽しかったんです。『こういうふうにしたら、犬はこう判断するんだ』ということが、はっきりと分かる。傍から見ているだけで分かるということは、犬はもっと(指示されていることを)分かっている。ああ、こういうしつけのしかたもあるんだな、という感動が、ドッグスポーツの世界に入ったきっかけです」。

キャンディ、カリと出場した300m2dogレース

キャンディ、カリと出場した300m2dogレース

そこにいる人と犬「みんな」の絆が深まる

「マッシャーがソリに乗って犬が前を走るのが完成形。それだけのことが、なかなか難しいのです。雪のない土の上で飼い主が前を走って呼び込むところから始めるのですが、1頭で走れるようになっても、他の犬と一緒だと嫌がる子もいます。カリもその時期が長かったので、こうして一緒に走れるだけで幸せなんです」。そう語る通り、レース中の中村さんは、常に満面の笑顔だった。

犬は、人の感情を感じ取る天才だ。飼い主の喜びはストレートに犬たちに伝わる。「犬が一番嬉しいのは褒められた時。たとえばディスクでオリジナルのトリックが成功した時などは、同じ『YES!』の声でも、いつも以上に伝わります」。キャンディとカリは、犬ぞり、ディスク、ダンス、フライボール(ボールキャッチとハードルを組み合わせた競技)とさまざまな競技に参加しているが、それだけに、より大きな喜びを共有する機会が多くなっているに違いない。そして、それがドッグスポーツの最大の魅力だと中村さんは言う。

スポーツはそもそも戦いや狩りの代替行為である。そして、犬は太古より人間と共にそうした仕事に従事してきた。犬ぞりにしても、極地で狩猟をするイヌイットの移動手段として4000年前から存在していたとも、モンゴルでは3万年前からあったとも言われている。そう考えれば、ドッグスポーツが人と犬の絆を深める最適な手段の一つだというのも頷ける。

「自分の勝ち負けのためにやっているのではありません。人と犬の区別なく、同じフィールドに立つ仲間たちの絆が深まっていくのを見るのが、一番嬉しいです」(中村さん)





■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。