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2020.09.16

犬が人間の文化に与えた影響を考える。犬と人間の大冒険、犬ぞりの歴史

犬が人間の文化に与えた影響を考える。犬と人間の大冒険、犬ぞりの歴史

犬は、私たち人間の暮らしでも仕事を通してたくさんの利益をもたらしてくれた歴史を持っています。現在でも、盲導犬や介護犬、警察犬、レスキューの現場で活躍する犬の姿を見た方もいるかもしれません。
少し前は、家の安全を守るための番犬が日本の家庭でも多くいましたし、牧場では家畜を守り統率する牧羊犬、狩りの場では多くの犬たちが活躍してきました。

私たち人間と一緒に仕事をするために、さまざまな姿になった犬の歴史は「仕事の歴史」ともいえるのかもしれません。
そんな犬の「仕事の歴史」の中でも、古い犬の仕事のひとつと今考えられているのが、人間や荷物を運ぶ「そり」を引く、そり犬。

今回は、そり犬たちにまつわる最新の研究などをもとにご紹介します。

9500年前の遺跡で見つかった「犬」

シベリアンハスキーやサモエド、アラスカンマラミュートといった寒冷地出身の犬たちは、もともと犬ぞりを引く犬として活躍してきた、ということは有名です。
雪を弾く分厚いダブルコートの被毛、力強い体、重いものを引いても耐えられる骨格、そして長い道のりを駆けていく精神力を持っていることが特長といわれています。(※もちろん個体差はあります)

でも、この犬たちが最も古い「働く犬」なのではないかといわれるようになったのは、とある遺跡で発見された犬のゲノムの調査が進展したから。

ロシア、シベリアにあるジョホフ島は、北極にもほど近い小さな島です。1年を通して周囲が流氷でおおわれるこの島には、なんと9500年前から人が暮らしていて、その暮らしの様子をうかがい知ることが出来る遺跡があることが分かりました。
そして、この遺跡からは犬の下顎の骨が発見されました。この骨からDNA犬のゲノムが検出され、当時のシベリアで暮らしていた人々と、犬との暮らし、そして9500年前の犬の姿を探るべく、さっそく調査が進められていたのです。

ジョホフ島で発見された犬のゲノムからは、9500年前の犬が、現在のそり犬たちと同じ祖先を持つことが分かったのです。多くの場合、犬はオオカミやその仲間の動物との交雑が行われたり、それぞれの地域に適応した犬の仲間との交雑が行われ、その過程で犬たちはさまざまな姿かたちや性格などを手に入れたと考えられています。
しかしそり犬たちに関しては、オオカミなどとの交雑の痕跡が見られず、9500年前のそり犬と現代のそり犬たちの遺伝子がほぼ同じだったそうです。

そり犬が辿ってきた進化について

そりを引く犬たちは、猛烈な寒さに耐えられるように分厚い被毛と力強い肉体を持っていますが、9500年前にはもうすでに、長い距離を走れる持久力や雪の上を力強くそりを引くパワーなどのほか、激しい運動のあとに体温を下げる能力など、そりを引くうえで重要な能力を持ち合わせていました。

北極圏のそり犬たちは、「特定の仕事に適した」犬の特長を持っていることが分かった例の中でも、最も古い例であり、なおかつその遺伝的な特長を保存するために、現代にいたるまで人が意図して交雑をさせずに「特長を残そうとした」例といえます。

食事の面でも、このジョホフ島で見つかった9500年前の犬は、「高脂肪食」に適応し、消化する能力を持っていたことも分かりました。この地域の先住民は主食としてアザラシやクジラを食べていたといわれていて、これらの肉は高脂肪の肉。人間の主食と同じものを食べるために、そり犬たちも高脂肪の食事に適応した進化を遂げたと考えられるそうです。
ジョホフ島で暮らす人々と同じものを食べるために、9500年前の犬も進化していたのかもしれません。

DOG's TALK

犬が本来食べていた食事というのは魅力的に聞こえます。ですから、現代のそり犬であるシベリアンハスキーやサモエド、マラミュートたちにとっても、この高脂肪食が適した食事と言えるのか…とつい考えてしまいますが、必ずしもそうではないと思います。
これらの犬は、遺伝子の上では、高脂肪食を無理なく消化吸収する能力を持っている可能性が高いのですが、9500年前の氷河期と比較すると、現代は暖かく、またそりを引くという仕事をしている犬はほとんどいないと思います。ですから、シベリアで全力でそりを引く犬としてではなく、家庭で楽しく暮らす「うちの子」にはカロリーオーバーになってしまいます。
やはり現在との環境の差は考慮すべきポイントです。

犬たち、そして犬ぞりの存在が人間の暮らしも変えたかも

ジョホフ島で見つかった犬たちよりももっと昔、人間と出会った犬たちの中から人と一緒に作業をしたり、仕事をすることに喜びを感じる犬が出てきたことで私たちの暮らしは大きく変わったことでしょう。
犬の持っている習性を活かした猟犬や番犬といった仕事から、やがてさまざまな仕事を犬たちは担うようになっていきました。その流れの中で、犬が見つけた仕事のひとつがそりを引くというものだったのかもしれません。

非常に古い段階(約1万5000年前)からシベリア地方では犬ぞりらしきものが使われていた形跡があります。
そりを引く、という高度な仕事をこの頃から犬たちがしていた、とするなら犬と人間の関係はもっともっと前から続いてきたことになります。

犬と人間が一緒に暮らし始めた頃は氷河期にあたると考えられています。
人々は頼れる相棒でもある犬と、便利な犬ぞりを手に入れたことでどんどん行動の範囲を広げることができたのでしょうね。
犬と一緒に暮らすようになり、人間は身を守ったり、狩りを効率的に行うことができるようになっただけではなく、乗り物を手に入れたこともとても人類にとって重要な出来事なのだと思います。

優秀なガードマンや狩りの相棒であるだけではなく、そりを引いて荷物や人を運ぶこともできる犬は、当時のアラスカの人々にとってはとても貴重で、得難い存在だったはずです。だからこそ、この素晴らしい相棒を後の世代にも大切に残そうとオオカミなどとの接触を避けたのかもしれません。

現代でもほとんど遺伝子的な変化が見られない犬たちには、そんな当時の人々の願いと犬たちへの尊敬が込められているようにも思えます。

おわりに

今回は、最新の研究から分かったそり犬の歴史についてご紹介しました。

9500年前というと、人々の暮らしは自然に近く、道具や暮らしの術も未熟だったといわれています。そんな中にもうすでに、長距離を移動することが出来る犬ぞりを活用していたこと、そして犬ぞりを引くことを仕事としていた犬がいて、しかもその遺伝子的な情報が現代までほとんど変わっていない…という事実には当時から犬をとても大切にした人々と犬の関係性の深さ、そして犬が人間の暮らしに与えた影響の大きさが込められているように思います。犬と一緒に暮らすようになって、人々が得たものはとても大きかったんですね。やっぱり犬って偉大です。

でも、もしかするとアラスカで暮らしていた人々は一緒にたくさんの距離を移動して、共に冒険をしてきた犬と過ごす時間のすばらしさを後の時代の人々にも伝えたい、と単純に思っただけなのかもしれないな、とも想像したり……。
犬は、いつの時代も人間にとってたくさんの利益をもたらしてくれるだけではなく、頼れる相棒であり、なんだか一緒に居て楽しい、そんな大切な仲間でもあったはずですから。

この頃活躍していたそり犬の子孫が、今のハスキーやマラミュート、サモエドなどに繋がっているというのも、なんだかロマンを感じます。
まだまだ謎の多い、犬と人間の歴史。その中の1ページが垣間見れた発見だったように思います。

参考文献

*1 2020.7.1 極寒地の「そり犬」、9500年前にはすでに活躍、最新研究 (ナショナルジオグラフィック日本版)