同じ犬でも小型犬と大型犬では、育て方や食事など気をつけたいポイントがちょっと違います。でも世の中にある知りたい情報は小型犬向けが多いのが少々残念…。そんな飼い主さんのために、大きな犬にフォーカスした、最新情報やお役立ち情報を集めて紹介します。（POCHI編集チーム・大きい犬班）

社会の役に立つ犬を育成したいと、都内マンションから富士五湖に移住したドッグトレーナー夫婦が育てる「警備犬」のオンとオフの姿を追いました。

オリンピックの警備を担当した「働く犬」

現在「一般社団法人 日本警備犬協会」の理事を務める川野信哉・悌子夫妻は、10年ほど前は今のように山梨県山中湖村での生活を送っているとは、夢にも思わなかったそうです。
「かつてふたりでアメリカに渡り、軍用犬や警察犬の訓練所で、フランス人の師匠からドッグトレーニング技術を学びました。
その時に関わっていた犬種であるベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノアが、私たちの人生に大きな影響を与えることになったんです。
当時、爆薬を探知する犬の嗅覚のすごさは、人間が作る機械では到底かなわないと驚いたと同時に、武器を持たない犬だからこそ、人と協働して社会の安全を守るために役立つのだとも実感しました。いつか、そのような働く犬を日本で育てたいと思ったのを思い出します」と、悌子さん。

民間では日本初となる犬専門の警備業を川野夫妻がスタートさせると、2020年に開催されたオリンピックでも警備犬たちは危険物探知の仕事を担いました。
「海外では何十年も前から、施設警備で犬を使うのは当たり前なんです。日本でも今後さらに、爆薬探知やテロ対策のために警備犬が活躍できるシーンは増えるに違いありません」と、信哉さんは語ります。

警備犬のオンとオフ

山中湖村の警備犬とトレーナーの１日は、オフタイムとも言える散歩から始まります。
「散歩はハンドラーとの関係づくりにおいて、大切です。お互いの個性を知る時間と言えるでしょう。なので、必ずトレーナーと犬が１対１で30分ずつ行きます」（信哉さん）

「新緑や紅葉といった山の景色を愛でながら歩いていて、突然スズメバチの襲来を受けたこともあります。そのとき、勇敢で反射神経抜群なマリノアのエナジーが、スズメバチを前足でパチンと叩いて追い払ってくれたのには驚きましたね。私のほうを向いたエナジーは、完全に“ドヤ顔”でした」と、悌子さんは笑います。

散歩後は、訓練場で専門訓練に取り組みます。
そして休憩をはさみ、昼過ぎには、街を訪れての“永遠の社会化”タイム。マリノアたちも毎回、別荘地より刺激的な街歩きを楽しんでいるとか。
その後、再び訓練場で爆薬探知のトレーニングなどを行います。
「犬は、そもそも狩猟欲を持っています。嗅覚を使ってなにかを探す作業はその本能を搔き立てるので、犬たちも訓練に夢中になっていますね。
集中して爆薬のにおいを捕えようとしている姿は、本当に凛々しい。そして、対象物を見つけた時の表情も達成感にあふれていて、その顔を見るとこちらまで『よし、やった！』と達成感を味わえて笑顔になれます。
失敗が許されない緻密な仕事ではあるのですが、皆さんがこれからもより安心して生活を送れて、かつ作業犬との一体感を得られることが、トレーナーの喜びでもあるんですよ」と、悌子さん。
当の犬たちにとっては、ハンドラーとのトレーニングは嗅覚を使った遊びの一環でもあるのかもしれません。

夕方は、広い訓練場で犬たちが運動するオフタイム。とびきりの笑顔で、澄んだ空気の中で自由に走りまわったり、地面のにおいを嗅いだり、ボール遊びを楽しんだり……。
こうして、警備犬たちの充実した１日が終わりに近づきます。

都内マンション暮らしで災害救助犬育成からのスタート

川野夫妻は最初、「働く犬」として災害救助犬を育成していました。
「アメリカから帰国後は、都内の分譲マンションで柴犬と暮らしながら、家庭犬のトレーナーとして活動していました。その後、アメリカからマリノアを輸入したのがきかっけで、念願だったワーキングドッグのトレーニングも始めたのです。
マリノアは抜群の運動神経を誇る犬種で、災害現場での機動力が優れています。とくに、輸入したメスのミヤは、物怖じしないタイプで災害救助犬に向いていました」（信哉さん）

ミヤと分譲マンションの1階の庭付き住戸で暮らし始めてから、大きな犬が持つ思わぬ「犯罪抑止効果」を川野夫妻は体験したとも言います。
「マリノアって、野生的なルックスですしブラックマスクで眼光が鋭いので、ゴールデン・レトリーバーやバーニーズなどと違って親しみやすさが少なめかと……。それが功を奏したのか、ミヤが来てから、住んでいたマンションの空き巣被害が減ったんですよ。初めは、マリノアのような大型犬が苦手な住民の方もいるかと心配していたのに、逆に感謝されるようになって予想外でした」と、悌子さんは笑います。
山中湖村に移住してからも、同様に近隣の空き巣被害が発生しなくなったのは言うまでもありません。

新しく迎えた犬のために方向転換

川野夫妻に警備犬育成という転機をもたらしたのは、ミヤのあとに2012年にアメリカから迎えたマリノアのエナジーでした。
「エナジーに、災害救助犬としての資質が足りなかったんです（笑）」
エナジーはミヤよりも警戒心が高めで、人に対する社交性も低めだったとか。
「犬それぞれの適正を活かした仕事をさせてあげたいと、常に思っています。多くの人がいる発災現場で、災害救助犬はノーリードで単独で進まなければなりませんが、エナジーにはそれが負担になってしまうかも……」と、悩んだ川野夫妻がひらめいたのが、アメリカでの学びの原点につながる警備犬の仕事でした。
観客が入る前のコンサート会場や競技会場ならば、人とあまり接せず作業ができます。さらに、爆発物探知犬は人がいる場所でもノーリードにする必要はありません。エナジーを活き活きと輝かせる仕事として、川野夫妻はさっそく警備犬の育成に取り掛かりました。

警備犬はどうやって育てる？

警備犬協会における警備犬の育成訓練は、生後4ヵ月からスタートします。
「箱に入れたおやつのにおいを嗅いで正解したら、ほめてご褒美をあげるといった、ボックスドリルのような遊びから始めるんですよ。
それから、社会化にも力を注ぎます。人の多い場所に連れて行ったり、様々な音を聞かせたりして、どんな状況でも平気でいられるようにさせるのが大切ですね」と、悌子さん。
その後、「服従訓練」と呼ばれる基本的なトレーニングを行うと同時に、探知作業の訓練も強化していきます。
そして約2年後、実働可能な1頭の警備犬が仕上がります。

「働く犬すべての作業能力は、ハンドラーの力量で変化します。どんな能力が高い犬でも、ハンドラーがそれを引き出せないと結果を出せません。逆に同じ犬でも、ハンドラー次第でいつも100％の力を発揮できることもあります。
その意味で、お互いが信頼関係で結ばれることがとても重要なんです。私も、ペアを組むマリノアにバカにされないように自分の技術も高めてハンドリングしなくては（笑）」（悌子さん）

警備犬の認定資格を持つ犬たち

日本警備犬協会では、実働できる警備犬の認定資格を発行し、実業務のあっせんを行っています。
現在、日本警備犬協会が直接保有する警備犬以外で認定資格を持って活動している犬種には、ラブラドール・レトリーバー、ジャーマン・シェパード・ドッグ、ボーダー・コリーがいます。
「私たちは、運動能力と物を覚える力が抜群に良いマリノア一筋ですが（笑）、マリノア以外の犬種でも公認警備犬として活動が可能です。
ある程度の高さの臭気を捕える必要があるのと、犯罪抑止力の面で、小型犬ではむずかしいのですが、認定資格を取得してくれる警備犬が増えるのを願っています」（信哉さん）

中型犬から大型犬までが、犬が持つ狩猟欲を存分に活かし、人と協働しながら犯罪抑止や爆薬による犯罪を未然に防ぐために役立つ。このような仕事を担う警備犬たちの姿は、オンでもオフでも、とても輝いて見えました。

ライター：臼井 京音