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2018.08.10
【獣医師コラム】犬の痒み治療に革命?!噂のアポキルR錠について詳しく解説
獣医師解説!アポキルR錠の登場
アポキル…あぽきる?!特徴的なこの名前、みなさんはどこかで聞いたことがあるでしょうか?
アポキルR錠とは、犬のアトピー性皮膚炎・アレルギー性皮膚炎の治療薬の製品名称です。成分名はオクラシチニブで、日本では2016年7月から販売開始されています。 欧米では日本よりも前から販売が開始されており、販売当初から“犬の痒みに圧倒的な効果がある”と注目されていました。この薬の出現により、犬の痒み治療に革命が起きると、そんな風にとらえている獣医師も少なくありません。
なぜこんなにもこの薬が注目されているのか。革命ってなにがどう変わるのか。
今回はこのオクラシチニブについて、すこし詳しく調べてみました。
痒みのメカニズム
このオクラシチニブを理解するためには、痒みの仕組みをひも解かなければなりません。
痒みは、皮膚で起きる炎症と神経系の相互作用によって引き起こされます。
皮膚で何らかの炎症が発生すると、そこで様々な物質が放出されます。この物質はサイトカインと呼ばれ、体内での情報伝達物質として働いています。犬の痒みにおける主要なサイトカインは、インターロイキン31(IL-31)と呼ばれ、炎症により免疫細胞から放出されます。
このIL-31、体内で痒みを認識させるためにいくつかのステップを踏みます。 そもそも、生体内での情報伝達は、タンパク質の活性化が引き金となることが多いです。この活性化、いろいろなタイプがあるのですが、体内で最も頻繁に起きているのが、「リン酸化」という反応です。リン酸化とは、ある物質にリン酸基がくっつくことを指し、この反応を促す酵素のことを、キナーゼと呼びます。リン酸化は生物にとってとても重要な反応であるため、その反応を司るキナーゼには、様々な種類があり、全身に存在していることになります。
さて、炎症によって放出されたIL-31ですが、これはまず、知覚神経の細胞膜表面の受容体に結合します。すると、その受容体に存在するキナーゼである、ヤヌスキナーゼ(JAK)と呼ばれる酵素が反応し、受容体をリン酸化します。このリン酸化をきっかけに、次の情報伝達物質であるタンパク質が誘導され、このタンパク質もリン酸化を受けます。するとそのタンパク質が、細胞の核内に入り込むことができるようになり、核の発現に作用して、痒みを伝えるタンパク質が形成されます。このタンパク質形成により、痒み刺激が知覚神経をつたって脊髄、そして脳へ伝わり、「痒み」として認識されるようになるのです。
さて、痒みを脳が認識すると、つぎに「ひっかく」という行為を引き起こします。
このひっかく行為により、皮膚表面が傷つけられると、さらに炎症が惹起され、サイトカインが放出し、上記ステップを通して神経に伝わり、さらなる痒みとして認識されるようになるのです。それだけでなく、ひっかく行為は皮膚のバリア機能も低下させるため、アレルゲンが体内に入りやすくなったり、ちょっとした刺激に敏感になったり、炎症が起きやすい土壌の形成にもつながってしまいます。
一度炎症が起きて、脳に痒みとして認識されてしまうと、炎症→痒み→ひっかく→炎症…という負の循環が完成していまいます。
これが、痒みのメカニズムになります。
ちなみに、ひっかくことで痛くなり、痒みが治まったような感覚になったこと、ありませんか?
これにも神経が影響しています。
痛みと痒みはそれぞれ担当する神経が異なっており、痛みを感じる神経が活性化すると、痒みを伝える神経を抑える神経伝達物質を放出すると考えられているのです。人のアトピー性皮膚炎などでは、この痛み神経による痒み神経の鎮静経路に異常があり、かいてもかいても痒い、という状態になっているのではと推察されています。
オクラシチニブの作用機序と、ここがすごい!ポイント
そこで、オクラシチニブです。
オクラシチニブは、IL-31が知覚神経の受容体に結合したのちの、最初のステップであるヤヌスキナーゼ(JAK)の反応を阻害するそう。JAKを特異的に阻害すれば、IL-31が放出されたとしても、その後のステップが進まず、痒みを脳が認識しづらくなりますよね。
そのため、ひっかく行為につながらず、負の循環に陥りづらくなる、という仕組みのようです。
このように、ある特定の物質のみに作用する薬は「分子標的薬」と呼ばれています。人ではがんの治療薬などで最も研究に力の注がれている分野で、獣医領域においても最近ちらほらと薬がでてきました。
この分子標的薬のいいところは、特定の物質のみを標的としているため、全身に影響を与えることが少ないところにあります。
たとえば、アトピー性皮膚炎でよく処方される薬の1つにステロイドがあります。
このステロイド、使い方によっては今でも素晴らしい薬であることに間違いはないのですが、全身に影響を及ぼすホルモンであるため、期待した効果以外の影響がでることも少なくありません。肝臓への負担や食欲増進、多飲多尿などが有名ですよね。
一方で、分子標的薬であるオクラシチニブは、JAKの阻害をピンポイントで行ってくれるため、他の部位に影響がでることが少ないと言われています。
実際、犬にオクラシチニブを投与した研究では、死亡や重篤な副作用は見られず、対処療法で改善される軽い下痢が4%、眠くなった犬が4%いた程度だったようです。
オクラシチニブのすごいところは、副作用が少ないことだけではありません。その効果にもあります。
ステロイドと痒みの程度を比較した実験では、同等の効果が得られたとされており、また、即効性にも定評あり。投与後4時間で急速に痒みスコアが減少したとされていました。これら研究は800頭を超える多くの犬で行われており、論文のレベルも非常に高いものとなっています。
オクラシチニブが対象となるのは、犬のアトピー性皮膚炎、その他アレルギー性皮膚炎(ノミアレルギー、食物アレルギー、疥癬など)と、最も痒みのコントロールが難しかった疾患です。
今までステロイドや免疫抑制剤に頼らざるをえなかったこれらの痒み治療に対して、オクラシチニブは、痒み抑制の効果が高い上に副作用が少ない薬として使用できると考えられるこのことから、痒み治療の革命的な薬になりうると、言われているのです。
もちろん効かない子も一部いるようですが、使用した雑感として、上記疾患の痒みにはとても効果があると言っている獣医師が多いように思います。
オクラシチニブで気を付けたいこと
そんなオクラシチニブにも、使用するにあたって気を付けなければいけないポイントが2つ、あると思います。
1つ目は、値段が高いこと。
まだまだ新しい薬であること、また分子標的薬というターゲットの狭い薬であることから、薬自体の値段が高いです。ステロイドと比較すると、価格は10倍以上。犬の大きさにも大きく影響されますが、毎日飲む薬であるため、月に8,000円~20,000円程度かかることが多いようです。なかなかくらっとする値段ですよね。
2つ目は、良い薬だからこそ、安易に使用しないでほしい、ということ。
オクラシチニブは、大変優秀な薬です。ここまでお話してきた通り、痒みに対して即効性があり、よく効きます。それゆえ、痒みの原因が分からずとも、薬を飲んでいれば症状が落ち着いてしまう、ということが多いにあり得ると思うのです。
対象疾患でない皮膚の痒み、たとえば、感染症の症例などに使用してしまうと、痒み反応は落ち着くのに、感染が広がってしまう、そんな状態になることもあり得ます。すると痒みはないのに皮膚の状態が悪くなってしまったり、薬を中止したとたんに激しい痒みが戻ってきてしまうことにつながりかねません。
また、たとえ対象疾患に使用していたとしても、オクラシチニブは、痒みサイクルを止めるだけで、疾患そのものを治す力はありません。
アトピー性皮膚炎・アレルギー性皮膚炎では、シャンプーやリンスによるスキンケア治療や、食事の管理など、他にもぜひともやりたい治療が存在します。
獣医師も気を引き締めてきちんと検査をしてから処方しなければならないし(アトピー性皮膚炎やアレルギー性皮膚炎の確定診断って、実はとても難しいのです)、使用するオーナー様も、自分の判断で投薬を決めず、必ず動物病院で診断をうけて処方してもらいたいなあと強く思いました。
■ アポキルR錠のまとめ
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犬の痒みサイクルをピンポイントで阻害する効果
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対象疾患は、犬のアトピー性皮膚炎・アレルギー性皮膚炎
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副作用は少なく、痒み止めの効果が高い
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疾患の診断と、獣医師の処方が必須
■ この記事を書いた人
(庄野 舞 しょうの まい)獣医師 東京大学 農学部獣医学科卒業。 東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。 たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。 現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。 得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。(詳しいプロフィールはこちら。)
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痒み治療に風穴を開けてくれそうなこの薬。
アポキルによって救われる犬たちがどれだけいるのだろうと思うと、医学の進歩って素晴らしいなと思います。
そんな医学の進歩、ただしい知識を持って、うまく付き合っていきたいですね。