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2021.06.01
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.3 日本の犬連れ旅行
(写真・文 内村コースケ)
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
「乗れない」「泊まれない」「入れない」
「犬を飼うようになってから旅行に行けなくなった」。よく聞く話である。自分も例外ではなく、自家用車で行ける範囲を超えるプライベートな家族旅行は、犬と暮らしているこの15年余りしていない。理由は言うまでもなく、日本では「乗れない」「泊まれない」「入れない」の“3ない”の原則により、ペットの社会参加に大きな制約があるからだ。
盲導犬・聴導犬・介助犬といった補助犬は例外で、ほとんどの公共施設への入場・乗車が身体障害者補助犬法などの法律によって保証されている。ただ、それも実は、補助犬が「犬」として特別に社会参加が認められているわけではない。補助犬は、視覚障害者の目や聴覚障害者の耳の役割を果たすため「人の体の一部」であるという観点から、補助犬の存在を理由に入店拒否などをしてはならない、とされているのだ。平たく言えば、補助犬は犬として特別扱いされているのではなく、人だから入場して良い、という考え方である。
もちろん、「ペット不可」としなければならないという法律があるわけではない。犬に公共の場所に出入りする権利を与えるかどうかは、個々の裁量に任されている。そして、拒否する側も最近はやみくもに「犬はダメ!」と言うのではなく、「動物アレルギーのお客さんもいる」「吠えると他のお客様の迷惑になる」「部屋(車内)が汚れる」といった理由を挙げる場合が多い。そして、全ての犬があらゆるケースにおいて他者に迷惑をかけないという保証がない以上、そう言われてしまえば反論はできない。これは主体が人間でも同じで、子供や男性(女性)、外国人の入場(店)を拒否しても、批判されることはあっても法や条例で罰せられるケースは稀だろう。ましてや犬の場合、世の中のマジョリティは動物を人と対等とみなしていないのだから、世の“常識”に逆らうのは難しい。
僕は今、数年前までアイメイト(盲導犬)として働いていたリタイア犬と暮らしている。ついこの間まで使用者と一緒にどこへでも行けた犬が、引退して僕の所に家庭犬としてやってきたとたん、一転してどこにも入れなくなった。実際、驚くほどよく躾けられた犬なので、余計に内心では理不尽だと思っているが、この国の社会通念に逆らうつもりはないので素直に受け入れている。
一方で僕は、ドイツ、イギリスなどのペット先進国と言われる西欧諸国が、国によって形は違えど日本と逆の「ペット可」が原則の社会であることを、取材を通じて知っている。自己責任の軽重の違い、個人主義か集団主義かといった、ベースとなる文化の違いもあり、単純に「日本は遅れている」などと言うつもりはない。人も犬も対等だという自分の考えに胸を張りながら、日本の実情を淡々と事実として受け入れつつ変化を伺う日常が続くだけだ。
自己責任でマナーを守れる人のための「ペット可」の宿
そうした現状の中、先日、古い町並みが世界的な観光地になっている飛騨高山に久しぶりに犬連れの家族旅行に行った。長野県の蓼科高原の自宅から車で3時間ほどなので、6月で12歳になるうちのラブラドール・レトリーバーも安心して連れていける条件である。もうかれこれ20年以上前のことだが、新聞社の支局勤務で3年半ほど高山に住んでいた。その時から家族ぐるみの付き合いをしている知人から、「今度ペット可の宿泊施設を始めるので、一度犬と一緒にテストで泊まってほしい」と連絡をもらい、赴いたのだ。
オーナーの女性は、インバウンドなどという概念のかけらすらなかった僕が住んでいた当時から、主に外国人向けの和洋折衷の旅館を経営していた。今度新たに始めたいという宿泊施設は、古い町並みがある中心観光地から徒歩3分という好立地の住宅街にある一軒家を改装したもの。一階は広いリビングとダイニング・キッチンになっていて、2階に2人ずつ泊まれるベッドルーム2部屋。これをポストコロナのオープンを目指して一棟単位で貸すということなので、ファミリーや複数家族で長期滞在するような貸別荘的なイメージである。オーナーは「バケーション・レンタル」と表現している。
バーベキューができるテラスと塀で囲われた庭があるので、犬を遊ばせるスペースは十分だ。床も滑りにくい素材になっている。入った瞬間、犬連れで滞在するのに絶好の家だという印象を持った。ただ、オーナーの意向は犬連れ専用の宿ではない。高山でも最近は犬連れの観光客が非常に多く(日本在住外国人を含む)、無視できない存在になってきているため、インバウンド効果で競争が激化する中「ペット可」を謳わないわけにはいかないという、どちらかというと消極的な「ペット可」である。
それをふまえ、以下の点について配慮・検討すると良いのではとアドバイスさせてもらった。
・気をつけていても必ず毛が落ちる。爪で傷もつくので、ある程度の被害は覚悟しつつベッドとソファ、畳に犬を上げるのを原則禁止にするべき。自由に使える掃除機とコロコロを置いておくとお客さんも気が楽になる。
・排泄場所の確保。周囲の空き地や庭、水を流せる場所など。アメニティとしてトイレシーツを用意する。フードボウル、足拭き用のタオルも。
・留守番は原則、ケージ内でだけ認めるのがお互いのため。ただし、個々の事情により柔軟に対応したい。
・ペット嫌い(アレルギー)のお客さんへの配慮として、ペットが宿泊した後の掃除は念入りに。大型の空気清浄機を置く。
この「バケーション・レンタル」の場合、インターナショナルな客層が予想され、西欧的な自己責任の原則が通用すると思うので、この程度の配慮で十分と思う。自分で責任を負え、マナーを守れる人を細かなルールで縛る必要はないのだから。逆に「ペット可」を大々的にアピールして裾野を広げてしまうと、「悪貨は良貨を駆逐する」を地で行くようなことになりかねないので、聞かれたらペット可だと答えるくらいでいいとアドバイスした。
今回のテスト宿泊を通じて感じたことは、こんなところです。皆さんにとって、理想の「犬と一緒に泊まれる宿」は、どんなリラックス空間ですか?
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞で記者を経験後、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争の撮影などに従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)会員。