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2021.06.29

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.4 「犬連れ移住」は日本を救う?

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.4 「犬連れ移住」は日本を救う?

(写真・文 内村コースケ)


犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

日本犬も逃げ出すニッポンの夏

この夏、1年延期となっていた東京2020オリンピックが開催されるが、コロナ以前に、東京の真夏の酷暑が懸念材料となっている。そして、我々愛犬家にとっても、今の日本の酷暑はそれと同等、いや、それ以上に深刻な問題となりつつある。

犬は熱帯を含む世界中で人間と共に暮らしていて、一概に暑さに弱いとは言えないが、日本の家庭犬は、柴をはじめとする日本犬と欧米出身のいわゆる洋犬が大半を占める(それぞれの系統のミックスを含む)。それ以外のシー・ズーやパグなどのアジア出身の犬種を含め、我々に身近なところでは、暑さに格別に強いと言える犬は皆無ではないだろうか。

もちろん、日本犬は「日本の夏」を何世代にもわたって生き延びてきたわけだが、近年の酷暑は彼らをもってしても順応しきれないほどである。僕が犬を飼い始めた20年ほど前は、夜の涼しい時間帯を選んで散歩していると「夜中に散歩させられてかわいそう」と言われたものだが、今は真夏の街中を白昼堂々と散歩していると虐待だと通報されかねない。

深夜の散歩にも限界を感じて

統計的にはまださほど反映されていないが、この10年ほどで地方移住をする人は着実に増えている。その中でも、犬との暮らしを第一に考えているコアな愛犬家層の移住先のほとんどは、高原などの涼しい地域なのではないだろうか。僕もその一人で、2011年に出身地の東京から長野県の蓼科高原に移住した。当時はとりわけ暑さに弱いフレンチ・ブルドッグ2頭と暮らしていて、真夏でも冷房のいらないこの地は、殺人的な東京の暑さから逃れられる文字通りの「避暑地」である。


先日知り合った、近隣の八ヶ岳山麓で暮らす伊藤純さん・久美子さん夫妻は、僕よりも3年早く移住してきた。一緒にやってきたのは、グレート・デーン2頭。もともと暮らしていた茨城県古河市も、近くに広大な渡良瀬遊水地があり、超大型犬を飼う環境として良好だった。ただ、住まいが2階にあったので、犬たちが年老いた時の階段の上り下りが心配の種だった。

加えて、近年のこの暑さである。夫妻が移住した2008年の古河市の8月の気温を調べてみると、平均気温26度、最高気温はなんと37.3度。「夏の散歩は深夜を過ぎてからでした。それでも蒸し暑くて。ある晩、雨でも霧でもないのに眼鏡が曇ったんです。その時に、『もうこれはだめだな』と思いました」と久美子さんは振り返る。

「涼しい土地にある平屋建て」を条件に探し回った結果、たどり着いたのが八ヶ岳山麓だった。こちらの同年8月の平均気温は22.5度、最高気温は32.7度。家がある場所は市街地から離れた標高約1,000mの森の中だから、さらに2、3度低い。以前よりも5度以上涼しい夏を手に入れたことになる。

森の散歩道

中古で手に入れた伊藤さん宅は、ドイツの郊外住宅地などで見かけるようなオシャレな洋風建築だ。とりわけ、大型犬が十分に駆け回れる広い庭が羨ましい。そして、5分も歩けばほとんど車が通らない林道と林間のトレイルがある。そんな犬環境抜群のこの地に来てから、グレート・デーンたちはより性格が穏やかになり、のびのびと一生を全うした。その後、ラブラドール・レトリーバーとジャーマン・シェパードを迎え、今はイエローの「かぶ」(11歳)、真っ白な「ぼすこ」(10歳)、ブラック の「つぅ」(9歳)の3頭のラブと暮らす。

6月中旬、我が家の12歳のラブを連れて、共通の友人のボストン・テリアの飼い主さんと伊藤さん宅を訪問して、森散歩を楽しんだ。気温は16度。小雨混じりの梅雨時らしい天気だったが、森の木々が天然の傘になってほとんど濡れることなく、歩くにはちょうど良い気候だった。爽やかな緑の空気の中、小鳥のさえずりを聞きながら森を進む。久美子さんは鼻歌混じりだ。そして何より、犬たちの顔が穏やかで、心から楽しそうに目をキラキラさせていたのが印象的だった。

こんな素敵な森散歩が日常にある暮らしは、とても贅沢に映ることだろう。でも、僕はこの暮らしが、特別に恵まれた人にしか手の届かないものだとは思わない。地方移住の最大のハードルは「仕事」だと言われているが、確かに「移住当時たまたま地元の有名企業が求人していた」という伊藤さん夫妻のような「運」も必要かもしれない。ただ、運は自ら積極的に動いて呼び込むものだし、地方から深刻な人口減が進む今、全国の「田舎」は、積極的に移住者を受け入れる政策を進めている。

また、僕はコロナ禍をポジティブに捉えられる面があるとすれば、それはリモートワークの普及だと思う。僕の仕事の取引先は今もほとんどが東京にあり、全国各地で取材・撮影した素材を、蓼科の自宅で原稿に仕上げて送るというリモートワークを、コロナ禍前からしている。ただ、以前は「長野県に住んでいる」と言うと驚かれたり、仕事の依頼を敬遠されることも少なくなかった。それが今は珍しいことではなくなり、逆に羨ましがられるくらいだ。地方移住のチャンスは、「今」である。

このまま少子高齢化が進み、一極集中が解消されなければ、早晩日本社会は地方から崩壊すると言われている。そして、日本の都会の夏は、もはや犬が平穏に暮らせる環境ではなくなっている。「都会の愛犬家が率先して犬のために移住を進めれば、結果的に日本を救うことになる」――。そう考えるのは虫が良すぎるでしょうか?


■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞で記者を経験後、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争の撮影などに従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)会員。