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2021.06.24

犬のワクチン・予防接種の最新事情について獣医師が解説。[#獣医師コラム] 

犬のワクチン・予防接種の最新事情について獣医師が解説。[#獣医師コラム] 

COVID-19の蔓延によって、日常生活の中で「ワクチン」という単語を聞く機会が一気に増えたように思います。今回は、ワクチンがどんな風に作られ、どんな効果や副作用があり、そしてなぜ大事なのか、犬のワクチンガイドラインをもとにお話しします。最後におまけで、COVID-19のワクチンについても簡単に触れています。

DOG's TALK

この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師

この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師

東京大学 農学部獣医学科卒業。 東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。 たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。 現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。 得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。講演なども行っている。

ワクチンとは

ヒトや動物が健康でなくなる時には多くの理由が考えられますが、感染症は人類が歴史上古くから悩まされてきたものの一つです。この感染症は、細菌やウイルスなどの微生物が病原体として体内に侵入することで引き起こされますが、ヒトや動物の体には、一度入ってきた病原体が再び体内に侵入した場合、病気になりづらくなっているという素晴らしい機能があります。これが免疫と呼ばれているものです。この機能を利用して作られたのが、今回のコラムの主役、ワクチンになります。ワクチンは、ヒトや動物の体内に病原体が侵入したときと同じような状況を作り出すことで、実際に侵入される前に免疫を作ってしまおう、というのが基本的な考え方になります。

ワクチンの歴史はとても古く、人類はじめてのワクチンは1798年にイギリスの医師、エドワード・ジェンナーによって天然痘で生み出されたとされています。この時のワクチンは、牛痘(牛がかかる天然痘)を子どもに接種させるという原始的な方法で、子どもの天然痘感染がなくなることを発見し、これが世界中に広がりました。ちなみにこのワクチンのおかげで、天然痘は1980年に撲滅したとWHO(世界保健機関)から宣言されています。これは人類が根絶に成功した唯一の感染症です。

ワクチンの種類

天然痘のワクチンは、牛痘の膿をヒトに接種させるという原始的なものでしたが、そこから発展し、現在では様々な種類のワクチンが誕生しています。

 

■生ワクチン

生ワクチンとは、病原体の感染性は維持したまま、毒性を弱くしたものです。これはウイルスや細菌を鶏卵などで長期培養することで遺伝子変異を起こし、作られています。このタイプのワクチンは、接種を受けると実際に病原体が体内で増殖します。毒性は弱められているので、その病気そのものの症状がでることはありませんが、発熱や発疹などの一部の症状がでる場合があり、副作用に注意が必要なワクチンです。一方で、自然感染に近い状態で免疫がつけられるため、免疫効果は得られやすいとされています。ヒトだとBCG(結核)や水ぼうそう、はしか、などのワクチンが代表的な生ワクチンです。

 

■不活化ワクチン


不活化ワクチンは、病原体の毒性および感染性もなくしたものになります。これはウイルスや細菌を加熱処理したり、ホルマリンにつけたり、紫外線をあてたりして作ります。生ワクチンと違って、接種後、体内で増えることはないので副作用は少なく、その代わり、ワクチンの効果も低くなります。
そのため、このタイプのワクチンは複数回接種が推奨されたり、効き目を高める添加剤を一緒に接種することで、免疫機能を強く誘導することを目指したりします。ヒトでは日本脳炎やインフルエンザワクチンがこのワクチンにあたります。

 

 

■トキソイド

トキソイドは、病原体そのものではなく、その病原体から出る毒素だけを取り出し、ホルマリン処理することで毒性をなくしたものです。こちらも不活化ワクチンと同様、毒性はないので副作用は少ないですが、ワクチンとしての効果も低く、複数回の接種が推奨されたりします。ヒトでは唯一、破傷風のワクチンがトキソイドにあたります。

 

犬のワクチン

犬のワクチンは大きく分けて3種類あり、1つ目が、接種が義務づけられている「狂犬病ワクチン」、2つ目が、接種が推奨されている「コアワクチン」、3つ目が、接種が任意とされている「ノンコアワクチン」です。1つずつ見ていきましょう。

 

■狂犬病ワクチン


このワクチンは、狂犬病予防法という法律ですべての犬が年に1回受けなければいけないとされています。きっとみなさんの元にも自治体からハガキが届いているかと思います。
この狂犬病ワクチンは名前の通り、狂犬病という疾患を予防するためのワクチンで、不活化ワクチンになります。不活化ワクチンは、副作用は少ないけれど、接種回数を多くしないといけないワクチンでしたね。そのため狂犬病ワクチンは毎年1回の接種が義務づけられています。

 

■ 狂犬病は日本にない疾患なのに、なぜ毎年接種しないといけないの?

まず、狂犬病という疾患は、すべての哺乳類に感染しうるもので、発症してしまうと、致死率100%というとても怖い疾患です。そして、厄介なことに、ヒトからヒトには基本的には感染せず、必ず動物を媒介してヒトへ感染します。そのため、ヒトとの距離が近い犬からの感染を防ぐことが、ヒトを守るという意味でも重要になってきます。日本では1956年からヒトでの感染が確認されておらず狂犬病清浄国とされていますが、海外ではいまだ多くの国で感染が確認されています。
海外から日本国内に動物が入ってくることもありますし、万が一、狂犬病ウイルスが国内に持ち込まれた際に犬たちを守るため、そしてヒトを守るために、媒介者となりうる犬たちにワクチンが義務づけられているのです。ワクチンは接種率が70%を超えると、その感染症の蔓延が抑止できるとされているため、狂犬病ワクチンは日本国内で飼育されている全頭が対象になっています。
毎年接種しなければいけない理由は、この狂犬病ワクチンが、日本では不活化ワクチンのみ認可されているからです。アメリカなどでは3年に1回、という話をよく耳にしますが、これはワクチン種の違いによります。

 

■コアワクチン

いわゆる混合ワクチンの中でも、すべての犬が接種した方がよいと言われているワクチンになり、「犬ジステンパー」「犬伝染性肝炎」「犬アデノウイルス(Ⅱ型)感染症」「犬パルボウイルス感染症」が対象となっています。

 

■ノンコアワクチン

混合ワクチンの中でも、飼育環境によっては接種した方がよい、とされているワクチンを指し、「犬パラインフルエンザ」「犬レストスピラ症(コペンハーゲニー)」「犬レストスピラ症(カニコーラ)」が当たります。犬パラインフルエンザはいわゆるケンネルコフの原因の一つで、不特定多数の犬と接する機会がある犬は接種が推奨されます。たとえばペットホテルやドッグランなどを使用する場合が推奨例にあたります。レプトスピラ症は田んぼや沼、川などで感染リスクがあるので、飼育している地域や、アウトドアに遊びにいくかどうか、で判断することが多いです。

 

ワクチンの接種頻度

これらのワクチンの接種頻度は、WASAVA(世界小動物獣医師会)が2015年に出したワクチネーションガイドラインの中で言及されており、コアワクチンの場合は3年ごとでも十分な予防効果が報告されており、それ以上の接種は必要がない、と書かれています。一方で、ノンコアワクチンにあたる犬パラインフルエンザは年に1回の接種が推奨されています。日本では混合ワクチンとして接種するため、犬パラインフルエンザを毎年接種しようと思うと、コアワクチンも毎年接種することとなってしまい、ここが獣医師によって接種頻度に意見が分かれる原因になっていそうです。

*ちなみに、このワクチネーションガイドラインが発表された後、ワクチン接種は3年に1度でよい、という噂だけが広がってしまい、ノンコアワクチンの接種推奨期間を誤って覚えてしまっている方が多いように思います。ここは大きく異なりますので、注意をしたいところですね。また、すべての犬でコアワクチンは3年に1度、ノンコアワクチンは1年に1度、と決めるのではなく、毎年の健康診断で確認しながら決めることが推奨されています。最近では、各疾患の抗体価を計測して、それをもとに決めている病院も多くなりました。

 

ワクチンの副作用

ワクチンは接種した体内で免疫を誘導するため、その免疫が過剰に反応してしまった時に、副作用が起きることがあります。この副作用をワクチンアレルギーと呼びます。ワクチンアレルギーには接種後すぐに症状がでる即時型と、遅れてでる遅延型があります。

 

■即時型副反応

接種後30分以内に起きるとされており、ふらつき、意識の低下、チアノーゼ(歯茎や舌の色が白くなる)、体温低下、呼吸促拍、意識障害、急性嘔吐などが挙げられます。これは救急処置が必要になることが多いため、ワクチン接種後30分は注意深く様子を観察してあげたり、動物病院で待機したりすることをお勧めします。

 

 

■遅延型副反応

接種後数時間以降に起きる副作用で、顔の腫れ、蕁麻疹、嘔吐や下痢などの消化器症状、接種部位のしこりなどが挙げられます。混合ワクチンの中でも8-9種で起こることが多いとされており、特にミニチュアダックスで多いと言われています。この場合も病院での処置を行うことが推奨とされており、ワクチン接種後数日は自宅で体調をよくみてあげましょう。

なお、これらのアレルギーの発症頻度ですが、軽度なものでも0.5%程度とされており、ショック状態に陥る重篤な症状の発症は2万頭に1頭といわれています。

 

おまけ:COVID-19ワクチンについて

さて、最近話題のCOVID-19ワクチンについて、すこし難しくなりますが、最後に少しだけ解説します。

※COVID-19は新型コロナウイルスとも呼ばれていますが、犬の混合ワクチンで予防できる犬コロナウイルス感染症とは病原体が異なります。また、犬へのCOVID-19の感染について、ヒトからの感染が認められた例はわずかに見つかっていますが、症状は確認されておらず、また、現状では犬からヒトへの感染も認められていません。

COVID-19のワクチンは、先ほどお伝えしたワクチン種(生ワクチン・不活化ワクチン・トキソイド)には当てはまらず、新しい種類、mRNAワクチンと呼ばれています。

 このワクチンを理解するためには、生物の体内でどのようなことが普段から起きているか理解する必要があります。たとえば、わたしたちの体内にある臓器は、それぞれが異なる形を持ち、異なる役割を持てるのか、考えてみます。ここには遺伝子が大きく関わります。私たち生物はそれぞれがDNAと呼ばれる遺伝情報を持っており、このDNAは一個体内においては、すべての細胞で同じです。そこから、その細胞において必要な部分だけをコピーして生まれるのがmRNAと呼ばれる遺伝情報で、このmRNAを介して、タンパク質が生まれ、それぞれの細胞になります。

 

このmRNAを人工的に作り出し、ワクチンに応用したのがmRNAワクチンです。mRNAワクチンは、病原体のmRNAを体内に取り込むことで、病原体のタンパク質を作り、それに対しての免疫反応を誘発する、という仕組みになっています。mRNAを用いる利点として、遺伝情報さえ分かればどんな病原体であれ設計が可能で、かつ短い時間で作成ができること、mRNAの接種なので、接種された生物のDNAには影響がないことなどが挙げられます。今回のCOVID-19のワクチン開発が驚くほど速かったのは、この技術を使用したためです。いま普及しているCOVID-19ワクチンのうち、mRNAワクチンはファイザー社とモデルナ社のものです。

このmRNAをベクター(運び手)と呼ばれる弱毒性のウイルスに取り込んだものを、ベクターワクチンと呼びます。たとえばアストラゼネカ社のベクターワクチンは、チンパンジーのアデノウイルスにCOVID-19のmRNAを組み込み、それを接種することで免疫を作り出すことを狙っています。これはチンパンジーのアデノウイルスに対しても免疫が作られることになるので、二回目以降はその免疫効果によって、ワクチンの効果は期待できなくなります。そのためこの形式のワクチンは、生涯で二度とかからないであろうとされている疾患に使われることが多く、致死率の極めて高いエボラ出血熱で使用されたケースが有名です。

副作用は、発熱や倦怠感、接種部位の腫れなど、一般的なワクチンの副作用が主で、即時型副反応のうち重篤な症状を示した症例は、100万回の接種に5回とされています。さらに長期的な副作用は、まだ使用を開始してから間もないため分かっていません。

 

おわりに

感染症の予防にとても大事なワクチン。ワクチンは、自身や自分たちの犬を感染から守るためだけではなく、世界や日本で、その感染症の蔓延を抑止できるかどうかに関わるとても大事な予防法です。ワクチンや薬の話はきちんと理解をしようとすると難しく、医療従事者と、医療を受ける人の間に、情報の格差がどうしても出てしまうため、いろいろな噂が流れやすい構造になっています。今回のコラムを書くにあたり、様々なニュースや記事を読みましたが、中には全く科学的ではないが単にわかりやすい、という理由だけで指示されている噂がたくさんあり、とても胸が痛くなりました。情報が溢れている中で、科学的に正しいことを勉強し、受け入れ、それをもとに考え行動することを心がけていきたいですね。それこそが、自身や犬猫たちを守ることにつながると思います。