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2021.08.31
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.6 12歳のちゃぷちゃぷ歩き
(写真・文 内村コースケ)
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
水が苦手なラブラドール・レトリーバー
ラブラドール・レトリーバーの祖犬は、カナダ・ラブラドール地方にあるニューファンドランド島の「セント・ジョンズ・ウォーター・ドッグ」だ。島の漁師たちと共に暮らし、漁網の回収(レトリーブ)などの仕事をしていた。その後、イギリスで水面に撃ち落とされた水鳥を回収する猟犬として改良され、現在のラブラドール・レトリーバーとなった。家庭犬におもな役割を変えた今も、海や川・湖に積極的に飛び込む泳ぎが得意な犬種だ。
しかし、うちのラブラドール・レトリーバー「マメスケ」(12歳)は、水が苦手だ。確かに足にラブ特有の水かきはあるが、川や湖に喜び勇んで飛び込む姿は全く想像できない。なにしろ人が歩いて渡れるような浅い渓流にも決して足を踏み入れようとしないし、道路の水たまりも避けて歩くほどなのだ。ただ、それにはちゃんと理由があって、もともとの控えめな性格に加え、アイメイト(公財「アイメイト協会」出身の盲導犬)のリタイア犬であることが影響していると思われる。
アイメイトとして培われた性質と持って生まれた個性
アイメイト使用者は会社勤めだったり主婦であったりとさまざまだが、誰しも雨だからといって外出しないわけにはいかない。だから、アイメイトも雨の日でも雪の日でも、視覚障害者の目として働くことを前提に訓練を受けている。その中で、訓練の必須項目ではないものの、使用者を濡らさないよう水たまりを避けて歩く傾向にあるアイメイトもいる。マメスケはとても優しい性格だから、その要素を持ち合わせている可能性が高いと僕は感じている。
また、アイメイトの重要な能力に「利口な不服従」というものがある。アイメイトは視覚障害者を導いて歩いているのではなく、「ゴー(行け)」「ストレート(直進)」「ライト(右折)」などの使用者の号令にしたがって歩く。しかし、電車のホームの端、横断歩道・交差点で車が飛び出してきた時など、危険を察知した時には使用者が「Go」などの号令をかけても決して従わない。機械的な絶対服従ではないからこそ、アイメイトは視覚障害者の最高のパートナーなのだ。川や水路は落ちたら危険な場所なのだから、マメスケが水辺で足を止めるのは、この「利口な不服従」の名残りなのではないだろうか。
とはいえ、アイメイトの血統を分かち合う犬が皆、水が苦手なわけではない。僕はむしろ、大喜びで水遊びをするアイメイト候補の子犬、不適格犬、リタイア犬、繁殖犬をたくさん見てきている。当然のことながら、犬種の特性、アイメイトゆえの性質に加え、それぞれの犬に備わっている個性が行動に影響する。
はじめての川遊び
そんなマメスケが来て2年が経ち、この夏、初めて川遊びに連れて行った。無理に水に親しませる必要はないのだけど、私たちが暮らす信州の地元の犬友から、近くに浅くて安全で犬も入れる川があると聞き、「マメスケもラブなんだから、水に入ってみたら楽しいかもよ」くらいの気持ちでチャレンジしてみたのだ。
長年アイメイトの不適格犬(さまざまな事情でアイメイトにならず家庭犬となった候補犬)と暮らす知人は、「無理やり水に入れてきっかけを作れば、どんな犬でも泳げるようになる」と言う。真実だろう。ラブなのだからなおさらだ。ただ、マメスケは穏やかな犬ばかりのアイメイトの血統の中でも、特におっとりとした性格の老犬だ。ここまで何ごとも少しずつ覚え、一歩一歩着実に歩んできた犬生だったと思う。「水遊び」も、もし気に入ればマメスケのペースで楽しめるようになってくれればベストだと僕は思う。
というわけで、マメスケの場合はいきなり「ドボン!」ではなくて、少しずつステップアップを図った。まずは、犬友のボストン・テリアたちの後について、飛び石がある浅瀬を渡るところからスタート。やはり最初なので、少し無理やりリードをひっぱる形になったが、いやいやしながらもなんとか渡りきった。次に、別の浅瀬で僕が抱えて、流れの真ん中におろしてみた。すると、困った様子でしばし固まってから自力で歩いて岸へ戻る、という行動を見せた。次にもう少し深い場所で、同じような“足湯状態”に。今度は楽しんでいるとは言い難いものの、前回よりも穏やかな表情で長く流れの中にとどまっていた(冒頭の写真)。
最後に、浅瀬の対岸から妻が「Come!」と呼んで、川を自力で渡れるかチャレンジしてみた(マメスケはママの側から離れたくないママっ子なのだ)。すると、しばらくは川岸の草むらをウロウロして対岸で待つ妻を見て見ぬふりをしていたが、最終的にはちゃぷちゃぷと水に入り、一歩ずつ慎重に妻の元へ渡ってきた。
マメスケは、一度経験すれば次もできるという順応性があるタイプだから、今回の一連の経験は、水遊びを楽しむきっかけにはなったはずだ。うちに来てから覚えた冬の楽しみに「雪の上を駆ける」があるのだが、これに夏の「ちゃぷちゃぷと水の中を歩く」が加わってくれれば良いな、と思う。
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞で記者を経験後、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争の撮影などに従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)会員。