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2021.09.16
イベルメクチンってどんな薬?気になる情報を獣医師が解説【獣医師コラム】
犬たちと暮らしている方ならば、犬のフィラリア症はとてもなじみのある疾患名だと思います。今回は、このフィラリア症に使用される予防薬「イベルメクチン」について、どのような作用を持っているのか、使用するときの注意点、また、最近話題となっているCOVID-19への効果についての現時点での見解などをまとめてみました。
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この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師
東京大学 農学部獣医学科卒業。 東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。 たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。 現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。 得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。講演なども行っている。
犬のフィラリア症とは
フィラリアは、犬糸状虫と呼ばれる寄生虫のことで、フィラリアが感染した状態をフィラリア症と呼びます。フィラリアは成虫で15cm~30cmほどになる糸状の寄生虫で、成虫になると犬の肺動脈や心臓などに寄生します。
フィラリアの生活環は複雑で、犬と蚊の体内を行ったり来たりします。感染した犬の体内で幼虫(ミクロフィラリア)が増殖し、蚊がその犬を吸血することで、蚊の体内にも幼虫が侵入します。幼虫は3段階の成長経路を持っており、蚊の体内で、第1幼虫から第3幼虫まで成長します。第3幼虫になると、蚊の体内の中でも、口吻と呼ばれる吸血針の部分へと移動し、次に吸血した犬にこの第3幼虫を移行させます。第3幼虫は犬の皮下組織や筋肉、脂肪などで約2-3か月発育を続け、その後、心臓、そして肺動脈へと移動します。そして約6-7か月間発育し、成虫となります。成虫になると幼虫を産むことができるようになり、この幼虫を蚊が吸血と同時に取り込むことで、生活環が回っています。
この蚊の役割は媒介と呼ばれます。フィラリア症を媒介しうる蚊は16種類にものぼり、日本でよく見かける蚊はほとんどすべてがフィラリア症を媒介しえます。
犬糸状虫(フィラリア)の問題は、犬の体内に侵入した幼虫が成虫となり大型化し、心臓や血管を傷つけること、また、成虫が生んだ大量の幼虫により全身の組織が炎症を起こして破壊されることにあります。そのため、蚊から小さな幼虫が侵入した段階でこの幼虫を駆除できればあまり大きな問題にはなりません。この駆除を私たちは「フィラリアの予防」と呼んでおり、代表的な予防薬として知られているのが「イベルメクチン」です。
イベルメクチンの作用機序
イベルメクチンは1981年から使用されている薬で、北里大学の大村智博士とドリュー大学のウィリアム・キャンベル博士が開発しました。イベルメクチンは開発当初、犬のフィラリア症をはじめとした動物の寄生虫感染に対する薬として使用されてきましたが、そのうち、ヒトのオンコセルカ症と呼ばれる疾患にも効果が認められるようになります。オンコセルカ症は当時、アフリカなどで大問題となっていましたが、イベルメクチンの開発により多くの地域で撲滅が宣言されるようになりました。この功績が称えられ、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
イベルメクチンは無脊椎動物の神経や筋細胞の伝達を阻害する作用機序を持っています。神経や筋細胞は、塩化物イオン(Cl-)がシグナル伝達物質となり、Cl-が結合することで活動する仕組みとなっているのですが、イベルメクチンはこの結合を阻害することで、神経や筋細胞の活動を抑制し、それによって対象の麻痺を引き起こすとされています。
この結合阻害作用を無脊椎動物に対して起こすことがポイントで、私たちヒトや犬猫などは脊椎動物に分類されるため、この結合阻害の影響を直接受ける可能性がとても低く、そのため副作用が出づらいことが大きな利点となっています。
イベルメクチンの注意点
脊椎動物には害が少ないとされているイベルメクチンですが、それでも確認されている副作用はあります。代表的な副作用は、昏睡・麻痺などの神経症状、アナフィラキシーショック、嘔吐、下痢、食欲不振などの消化器症状が挙げられます。
中でも「MDR1」という遺伝子に変異が起きている犬では、副作用がでる可能性が高くなるとされています。MDR1は、Multiple drug resistance1の略で、毒性のある物質を細胞内に取り込まないよう働いている遺伝子です。そのため、この遺伝子に変異があると、特定の薬を投与した際に副作用が強く出たり、期待していない作用が起きてしまうことがあります。フィラリアの予防に使用されるような量で問題になることは滅多にありませんが、高用量でのイベルメクチン使用や、抗がん剤の投与などの際に問題となることがあるため、そういった治療を行う場合は遺伝子検査を行うこともあります。
この遺伝子変異が起きやすい犬種として、シェットランド・シープドック、コリー種、オーストラリアン・シェパードなどが知られています。
フィラリアの予防薬としてのイベルメクチンの使用において最も注意が必要なのは、幼虫が犬の体内に多く発生している状態で投与を行ってしまうことです。この状態でイベルメクチンを投与すると、体内で大量の幼虫が死亡することから、ショック反応を引き起こす可能性があるからです。そのため、休薬期間明けの予防開始時には、フィラリアの寄生が起きていないか動物病院で必ず検査をする必要があります。このような検査をせずにご自身の判断で薬を開始すると、犬たちの命に関わることも十分にありますので注意しましょう。
フィラリアの予防薬が必要な期間は、蚊が発生してから1か月後~蚊がいなくなってから1か月まで、になります。地域によって期間は異なってきますので、かかりつけの動物病院で相談のうえ、投薬開始時と終了時の決定をすることを推奨します。
COIVD-19とイベルメクチン
さて、ここからはヒトで話題となっている、COVID-19の治療薬としてのイベルメクチンについて、お伝えします。少し前から、COVID-19の治療薬としてイベルメクチンに効果があるのではないか?という噂が広まっているように思います。一体どこからこういった話がでてきたのか、現在でている研究や論文をご紹介します。
一番初めに話題になったのは、おそらく2020年4月に発表された論文で、本論文では、試験管の中で、高濃度のイベルメクチンがCOVID-19ウイルスの増殖を抑えたという内容になっています。この後、アメリカのヘルスケア分析会社のデータベースをもとに研究がすすめられ、一度はイベルメクチンがCOVID-19の死亡率を下げるとのデータを出しました。これをもとに、海外ではCOVID-19の治療にイベルメクチンを実際に使用してみるような国がでてきましたが、その後、元のデータベースに捏造疑惑が発生したという理由で、本データは撤回されています。
その後、イベルメクチンとCOVID-19に関しては様々な研究がなされ、論文や論文発表前のデータが多く公開されていますが、結果として有効とするもの、有効としないもの、どちらも存在するうえに、研究根拠のレベルが高いものが出ておらず、確定的なことが分かっていない、というのが現状です。
そのような中でも、イベルメクチンに効果があるとする噂が広まったことにより、WHO(世界保健機関)からはCOVID-19の治療におけるイベルメクチンの使用は臨床研究のみしか認めないとする声明が、FDA(米国食品医薬品局からは、COVID-19における予防・治療のためのイベルメクチン使用は承認していない、という声明が、さらにイベルメクチンの製造元であるメルク社も、有効性について意義のあるデータは確認されていない、とのコメントを出す、という事態に発展しました。
今回の一連の流れの中では、一度発表されたデータが撤回されたこともあり、ニュースを見ていても、何が正しいのか悩まれる方も多かったように思います。現時点での答えとしては、「有効性については分からない」とする立場が最も適切と考えます。
■ 有効性の判断根拠について
薬がある疾患に有効かどうかを判断するために、昔は、「3た論法」と呼ばれる、「薬を使ってみた→治った→その薬は有効だった」という流れで十分とされていました。この3た論法は、いわゆる、お医者さんが使ってみたら治った、という体験談です。しかし実際は、同時に使用した薬の影響や、その方の置かれた環境や状況など様々な要因が関係します。そのため、現在では医薬品の承認は、大人数の患者を対象に行うランダム化比較試験の臨床試験での証明が必要となっています。こういった判断根拠には信頼性の高さがそれぞれ存在し、これをエビデンスレベル、と呼びますが、医療従事者であっても、体験談のエビデンスレベルは低いとされていて、それよりもレベルの高いランダム化試験が、薬の有効性の議論には必須となります。
おわりに
今回はみなさんにもなじみの深いフィラリア症について、イベルメクチンという薬を中心にお話いたしました。最近ではCOVID-19との関係性において注目されているので、これを機に、あらためてどういった薬なのか、また使用するうえでの注意点などが犬たちと暮らしている方に広がれば嬉しいなと思います。