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2024.07.25

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.40 アイメイトの歯科検診

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.40 アイメイトの歯科検診

写真・文 内村コースケ

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

「歯は万病のもと」

皆さんは、愛犬の歯の健康管理はしていますか?「歯は万病のもと」と言われるように、歯が悪いと体全体の健康に悪影響を及ぼしかねません。犬の場合は、自分で歯磨きができないため、飼い主が日頃から気にしてあげたいものです。今回は、アイメイト(公益財団法人「アイメイト協会」出身の盲導犬)の歯科検診を見学する機会があったので、プロの口腔ケアを参考に、愛犬の歯について考えてみようと思います。





アイメイト協会では、東京・練馬区の協会施設で、常時50〜60頭ほどのアイメイト候補犬を飼育している。訓練中の1〜2歳の若い犬が中心だ。将来視覚障害者の命を預かって歩行を助ける犬たちなだけに、健康管理にはひときわ気を遣っている。塩屋隆男・アイメイト協会代表理事は言う。

「盲導犬に関して世間に伝わっている情報は、なぜか誤解をまねくものが多いんですよね。たとえば、『ストレスが多いから短命』だとか。これはもう、全く違いまして、引退してから14、5歳まで生きるのが普通です。当協会では、現役のアイメイトとして活躍する前の段階から、健康管理には万全を尽くしております。そのためにアイメイト専用の診療所を自前で用意し、日々の健康チェックから手術まで行えるようにしています」

アイメイト協会の診療所では、週に2回の診察、ワクチン接種、避妊・去勢手術、必要に応じた治療をしているほか、要望に応じて現役アイメイトの診察も行っている。専任の獣医師は、1957年に国産盲導犬第1号「チャンピイ」が誕生した頃から、一貫してアイメイトの健康を守ってきた古性浩(ふるしょう・ゆたか)先生。91歳になった今も現役で活躍中だ。開業獣医師の森貴司先生も定期的に診察しており、見学日の歯科検診は森先生が担当した。

そんなアイメイトの健康診断の中でも、歯科検診は特に重視している項目だ。森先生は言う。「犬でも心臓病が長年死因のワースト1位だったのですが、その多くの要因が歯周病から来ているのではという説があります。歯石がついたり虫歯になってしまうと、常に体がばい菌にさらされることになります。それによって、体全体がさまざまな負荷を受けるのではないかと言われているのです」。



歯科検診のため診療所に来たアイメイト候補犬たち

歯科検診のため診療所に来たアイメイト候補犬たち

口をあけてくれるのは日頃の信頼関係があってこそ

特に人に比べて歯科治療が難しい犬の場合は、若いうちからの予防が大切だ。虫歯、歯周病の予防は、一にも二にも歯磨き。犬の場合は当然、それを飼い主がやらねばならないが、まずはまだ歯が健康な若いうちから歯磨きに慣れさせることが大切だ。動物は、口に手を入れられるのを本能的に嫌うものだ。それをそのままにしておくと、歯を磨くのは難しくなる。その結果虫歯や歯周病になり、痛くなると余計に歯を触られるのを嫌がるようになる。歯石を取るだけでも全身麻酔をかけなければならなくなってしまう場合が多いのはそのためだ。そうなってしまうと、麻酔のリスクや高額な治療費を避け、何の処置もしないまま時間が経過するという悪循環に陥りがちだ。

「小さい頃から慣れて、歯磨きが日常になるように習慣づけるのが大切です。犬にしてみれば、何のためにされているのか分からないし、罰を与えられていると感じてしまう子もいるので、楽しく、嫌なことじゃないよというふうにしてあげられれば良いですね」と森先生。アイメイト協会の原祥太郎歩行指導部長が続ける。「素直に口を開けて歯を磨かせてくれるのは、日頃から愛情をもって接し(ケアし)、信頼関係があるからなんです」。



アイメイト候補犬は、歯を触られても落ち着いている

アイメイト候補犬は、歯を触られても落ち着いている

きれいな歯をいつまでも

歯磨きを実演する原歩行指導部長(右)と、森先生

歯磨きを実演する原歩行指導部長(右)と、森先生



こうしてアイメイト協会で徹底している歯磨きも、現役のアイメイトになって使用者の手に渡ってからも、ずっと継続しなければ意味がない。

「私たちが犬に教えたこと、やってきたことを、今度は使用者に伝えます。協会では、きれいなタオルを使って、痛くない程度に指で歯茎と歯の間を磨きます。まずは上顎だけで練習し、慣れてきたら下顎と奥の方も磨いていきます。そのうちに犬が自分から『あーん』と口を開けるようになりますよ」と、原歩行指導部長。歯の状態は、日常的な歯磨きを通じて指でさわった感じと臭いで分かるので、目が見えない人にも十分チェック可能だ。

2歳8ヶ月で我が家に来たアイメイトの不適格犬(さまざまな理由でアイメイトにならず、一般家庭に引き取られた候補犬)も、とてもきれいな歯をしていた。おかげさまでこれまで健康不安は全くないし、歯磨きもちゃんとさせてくれる。良い歯は、これまで彼を育ててくれた人たちが授けてくれた宝物。これを高齢になるまでずっと維持できるよう、心がけたい。



■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。