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2022.12.07
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.21 「今」を優しく強く生きる「老後の青春」
写真・文 内村コースケ
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
3本の脚で元気に駆け回る
我が家のアイメイト(公益財団法人「アイメイト協会」出身の盲導犬)のリタイア犬、「マメスケ」との暮らしを、この連載でたびたび紹介させてもらっている。比較的新しいところでは今年6月8日公開のVol.15<「街か山か」 - 終の住処> 、続くVol.16<やっぱり山がいい! 「犬の老後の選択」その後>で、病気のケアを第一に考えた都会暮らしから、のびのびとした高原の暮らしに回帰した経緯を書いた。
その後、患っている骨肉腫からの病理骨折のため断脚手術を実施。同時に山麓の実家へさらに拠点を移し、車椅子生活となったことは8月31日公開のVol.18<夏休みの思い出>の中で触れた。
今回はその続報ということになるが、おかげさまで体調は順調に回復。自力で駆け回れるようになり、車椅子も必要なくなった。間もなく冬を迎える今、これまでになく体力・気力ともに充実している。
3つの拠点で過ごした闘病の日々
骨肉腫が発覚したのは、仕事場にしている東京のマンションで過ごしていた今年1月末。ある日、急に左後脚を浮かせる仕草を見せて歩けなくなった。動物病院に連れて行くと、骨の悪性の癌である骨肉腫の疑いが強いとの診断を受けた。効果的な治療法はなく、余命は数ヶ月から半年程度。癌細胞に侵された脚はいずれ自然と折れる場合が多いという。
対処療法の痛み止めの薬が効いてすぐに歩けるようになったが、その副作用もあって、もともと患っていた慢性腎不全が悪化。食欲が一気になくなってしまった。3カ月ほど一進一退の体調が続いたが、投薬の中止や鍼灸マッサージ治療を始めた結果、危機を脱して食欲と元気を取り戻した。骨肉腫の方も、幸い10カ月後の今に至るまで命に関わる肺などへの転移は見られない。
体調が回復したタイミングで6月、世知辛い街から本人も大好きな高原に帰る決断をした。4本の脚で歩ける最後の日々を、ノーリードの散歩も楽しめる山でのびのびと過ごせたのは良かったと思う。しかし、7月上旬、ついに「その日」がやってきてしまった。中から脆くなっていた大腿骨がちょっとした負荷をきっかけにポキっと折れてしまった。これでもともと緩和ケアとして選択肢にあった断脚をせざる得なくなり、浅間山麓の実家近くのかかりつけの動物病院で緊急手術をした。
術後は、自宅よりも3本脚で生活しやすい環境の実家にそのまま滞在し続けている。補助つきで立ち上がって排泄するところからリハビリを始め、2週間目からレンタルの車椅子を使って歩く練習をした。自宅の庭を10mほど進むところから始め、約2カ月できれいに舗装された平坦な道なら自在に歩けるようになった。これが結果的に良いリハビリとなり、やがて車椅子なしで不自由なく日常生活を送れるように。秋口には自力で野原を駆け回るようになり、今では坂道やちょっとした階段も上り下りできるようになった。9月いっぱいで車椅子は返却。1本になった後脚への負担が心配なので遠出をする際にはカートを使うが、これがまた本人にとっては新しい楽しみになっているようだ。
青春の再来を迎えた「奇跡」
あらためて動物の順応性の高さには驚かされる。断脚手術の執刀医には必ず上手に歩けるようになると言われていたし、ちょうどリハビリ期間中に、テレビのドキュメンタリー番組で前脚を失った野生の小狐が自力で鮭を狩るまでに成長する様子を見た。でも、骨肉腫が発覚する前からあまり走らず、階段の上り下りも嫌がるようになっていた13歳の老犬が、今のように元気に駆け回るようになるとは正直思っていなかった。
最近のマメスケを見ていると断脚前よりも若返ったとさえ思う。今にして思えば、骨肉腫の診断がつく前から左後脚に痛みや違和感を抱えている様子があった。それがなくなったことが、力強い歩行に結びついている面もあるだろう。また、骨肉腫とは別に甲状腺機能低下を補う投薬治療を始めたのだが、その影響はかなり大きいと思う。腎機能が低下してから続けている鍼灸マッサージも効果を発揮している。
こうした客観的な裏付けは確かにあるのだけど、骨肉腫と診断されて丸10カ月になる今、青春の再来のような時間を迎えられているのは、やはり「奇跡」だと言いたい。そして、この奇跡を呼び込んだのは、マメスケが生まれ持ち、アイメイトとして育んできた計り知れない「優しさ」だと僕は思う。
「強さ」とともにある「優しさ」
僕は、マメスケほど優しい存在を知らない。彼と出会う犬は最初は攻撃的な様子を見せていても、少し触れ合うとすぐにおとなしくなるし、多くの人がマメスケの穏やかな表情を一目見て「優しいね」「おとなしいね」と言ってくれる。優しさは、視覚に障害がある人の目になり、心を寄せ合って暮らすアイメイトに最も必要な資質だ。そして、芯が強くないと優しくはなれない。それは、人も動物も同じだと思う。
マメスケは、かつてのパートナーが目が見えないことも、今の自分に脚が1本ないことも、全く当たり前のこととして受け入れてきた。障害に対する偏見は一切なく、自分の境遇に絶望することもない。本当の優しさとは、お互いを支え合うことのできる「強さ」とともにある。
このフォトエッセイやSNSに上げたマメスケの写真を見て、「頑張ってるね!」「自分も見習いたい」という声を多くいただいた。それはとてもありがたいことだし、実際、マメスケは本当によく頑張った。そして、今は、本人は頑張ったことも忘れて、今をただ楽しく生きている。自分もそんな姿に応えて、この先も自然体で接していきたい。
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。
■マメスケくんの様子は動画でご覧いただけます。