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2022.02.03

犬のクッシング症候群の治療に朗報?新薬開発と治療について【獣医師コラム】

犬のクッシング症候群の治療に朗報?新薬開発と治療について【獣医師コラム】

DOG's TALK

この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師

東京大学 農学部獣医学科卒業。 東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。 たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。 現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。 得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。講演なども行っている。

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クッシング症候群は、犬では500頭に1頭の発症率と言われているよく見る病気の一つです。同様の疾患がヒトにもあり、2021年6月末、数十年ぶりに新薬が発売されたことで話題になりました。
今回はこのクッシング症候群について、どういった疾患なのか、治療も含めた解説と、ヒトでの新薬についても触れていきます。

犬に多い病気、クッシング症候群とは

クッシング症候群とは、副腎皮質機能亢進症という疾患によって引き起こされる様々な症状や異常を表す総称で、米国の外科医ハーヴェイ・ウィリアムス・クッシングにより1912年に発表されました。日常的にはクッシング症候群という呼び名が一般的となっており、副腎皮質機能亢進症と同じものと考えて問題ないような使われ方をしています。

この副腎皮質機能亢進症とは、その名の通り、「副腎のうち皮質と呼ばれる部位の機能が亢進してしまう疾患」です。副腎とは、生物に存在する臓器の一つで、腎臓の近くに位置しています。犬だと3-7mmほどのとても小さな臓器ですが、この臓器は様々なホルモンを分泌し、生体機能の維持に役立っています。クッシング症候群では、この中でも、グルココルチコイド(コルチゾール)の分泌が過剰になった状態を指します。

コルチゾールは身体がストレスを受けたときに分泌が増えることからストレスホルモンとも呼ばれています。主な働きは、各組織に作用して、糖質・脂質・タンパク質の代謝の調整をしたり、血糖値を上げたり、抗炎症や免疫抑制などを行ったりすることにあります。この炎症を抑える働きから、ステロイド系炎症薬として、治療薬にもなっています。(犬の炎症治療でよく使用されるステロイドであるプレドニゾロンは、このコルチゾールから作成されました。)

コルチゾールは副腎から分泌されていますが、その分泌をコントロールしているのは脳の下垂体視床下部と呼ばれる場所です。この下垂体から、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され、それが副腎への命令となりコルチゾールが分泌される、という流れになっています。

 

そのため、このコルチゾールが体内で過剰となる場合、原因を大きく分けると、

1:脳からの命令が過剰
2:副腎が脳からの命令を無視
3:体外からの過剰投与
に分けられます。一つずつ見てみましょう。


1:脳からの命令が過剰

脳の下垂体から分泌される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が過剰なため、副腎からのコルチゾール分泌が多くなる病態です。これは、脳の下垂が腫瘍化しているために起き、下垂体性クッシング症候群とも呼ばれます。犬ではクッシング症候群のうち、全体の90%を占めます。

2:副腎が脳の命令を無視

本来は脳からの刺激ホルモンが命令となってコルチゾールの分泌量をコントロールしている副腎ですが、この副腎が脳からの命令を無視し、無秩序にコルチゾールを分泌している状態を指します。これは、副腎細胞が腫瘍化しているために起き、副腎腫瘍性クッシング症候群とも呼ばれます。犬ではクッシング症候群のうち、10%程度です。

3:体外からの過剰投与

脳や副腎は正常だが、身体の外から強制的にコルチゾールに似た物質が投与される場合、クッシング症候群と同じような症状を示すことがあります。これを医原性クッシング症候群と呼び、ステロイドの高用量長期間投与などが原因です。


どの場合も特になりやすい犬種はないと言われており、年齢は高齢の犬でなりやすい傾向にあります。

犬のクッシング症候群の症状と診断方法

原因は3つあるとお伝えしましたが、どれもコルチゾールの過剰が問題となるため、外から確認できる症状はほぼ同じです。

典型的な臨床症状は、
・尿の量が増える / 飲水量が増える
・食欲が増す
・体重が落ちる
・お腹が膨れる(腹筋が落ちる)
・毛が抜ける(体幹部が多い)
・皮膚が薄くなる
・角膜潰瘍
・疲れやすくなる / 元気がなくなる
などが挙げられます。

これらの症状は個体によって出方が様々な上、一見、加齢で見られる症状と似ているため、初期症状だけで疾患を見分けるのは難しいことがあります。疾患が進行していくと、コルチゾールの代謝機能により筋肉がどんどん落ちるため、元気のなさが目立つようになったり、コルチゾールの免疫抑制機能により、免疫が低下するため、感染症にかかりやすくなったりします。感染症としてよく見られるのは皮膚炎と膀胱炎で、糖尿病を併発することもあります。原因の①、下垂体性クッシング症候群の場合、下垂体にできた腫瘍が大きくなり脳を圧迫すると、行動異常や不全麻痺、てんかん発作などの神経症状がでることもあります。

 

このような症状や、血液検査、尿検査、超音波検査などで典型的な検査上の異常があった時、クッシング症候群を疑います。よく認められる検査上の異常としては、肝酵素の上昇(特にALP)、高コレステロール、高トリグリセリド、高血糖、低比重尿があり、原因の2、副腎の腫瘍の場合は、超音波検査で副腎の肥大が認められることもあります。
ただしこれらの検査はクッシング症候群の診断においては補助的な役割であり、診断のためには、下垂体および副腎の機能を評価する特殊検査を実施する必要があります。
特殊検査にはいくつかの種類がありますが、よく行われているのが、血中のコルチゾールの濃度を計測するACTH刺激試験と呼ばれる検査です。しかし、この検査も診断精度はそこまで高くなく、最終的にはすべての検査結果を合わせて診断する流れになります。

クッシング症候群と診断できたら、次はその原因が、下垂体性なのか、副腎腫瘍なのか、それとも医原性なのかを鑑別する必要があります。
医原性の場合は、それまでの治療歴などから、下垂体性あるいは副腎腫瘍の区別には、最近では画像診断(超音波検査・CT検査・MRI検査)に重きを置くことが多く、腫瘍の探索が主な検査方法になります。

動物病院での治療方法

まず、クッシング症候群と診断されたとしても、症状がでていない場合は治療を開始するか慎重に検討すべきと言われています。たとえば血液検査の異常(特に肝酵素のうちALPだけが上昇しているような場合)からクッシング症候群の診断がでる場合もありますが、こういった場合、症状が出るまで治療開始を待っても遅くないことが多いです。

症状を伴うクッシング症候群の治療は、原因によってそれぞれ第一選択が異なります。


1:下垂体性クッシング症候群
脳の下垂体が腫瘍化し、クッシング症候群となっている場合、第一選択は内服薬による投薬になります。治療に使用される薬は、副腎の細胞を壊死させるミトタンと、コルチゾールの合成を阻害するトリロスタンがあります。


・ミトタン
30年以上前から人のクッシング症候群の治療に使用されてきた薬で、副腎の細胞のうち、コルチゾールを分泌する細胞を選択的に壊死させる効果を持ちます。ただし用量によっては他の細胞を傷つける可能性もあり、その場合、下痢や嘔吐、食欲不振などの副作用が比較的多く見られるため、下記の薬が出てからはあまり使用されなくなりました。

・トリロスタン
コルチゾールが副腎で作られる時に必要な酵素を阻害することでコルチゾールの生成を抑える働きを持ちます。ミトタンに比べて比較的新しい薬で、日本では2011年に動物用医薬品として認可され、その後徐々にクッシング症候群の治療の主流となりました。

第二選択が外科手術で、下垂体の腫瘍を摘出する手法になります。こちらは原因の除去という意味では根本治療になるのですが、脳へのアプローチということで難易度も高く、治療実績が少ないのが現実です。

第三選択が放射線治療で、下垂体の腫瘍の増殖を抑える治療になります。日本では放射線治療ができる施設が少ないので治療実績もそこまで多くなく、選択肢として挙がりづらいのが現状です。

ちなみに、下垂体性クッシング症候群を引き起こす下垂体腫瘍は良性腫瘍のことが多く、それ自体が転移し全身に影響を及ぼす可能性は少ないと言われています。一方で脳の物理的圧迫などが致命的な問題となることがあるため、腫瘍の大きさが問題となる場合は、第二選択や第三選択が選択肢として挙がってきます。

2:副腎腫瘍性クッシング症候群
副腎が腫瘍化している場合、第一選択は外科手術による摘出になります。様々な理由で外科手術が不可能な場合のみ、下垂体性クッシング症候群の治療でご紹介した内科治療が選択されます。なお、副腎腫瘍性クッシング症候群の場合、悪性腫瘍と良性腫瘍の割合は半々と言われています。そのため、悪性腫瘍の場合は、見つかったときに他の部位への転移や浸潤が認められることもあり、その進行具合によって外科手術の難易度が変わってきます。


3:医原性クッシング症候群
原因となっているステロイド薬を徐々に減量していきます。突然投薬を辞めたり、急激に薬を減らしたりすると逆に副腎へ負荷がかかってしまうことがあるので、獣医師の指導のもと、ゆっくりと減らしていくことが重要となります。

ヒトのクッシング症候群での新薬について

さて、このクッシング症候群は人にも見られる疾患です。人での治療は、下垂体性クッシング症候群の場合に外科手術が積極的に行われますが、それ以外はミトタンやトリロスタンの内服を行うなど、犬と同じような内容になっています。そのような中、2021年6月末に日本で新薬が発売され、話題になりました。

この新薬はオシロドロスタット(商品名:イスツリサ)と呼ばれ、トリロスタンと同様に、コルチゾールの生成において必要な酵素の阻害作用を持っているため、クッシング症候群の治療薬として承認されています。トリロスタンよりも効果がでる期間が短い上に阻害作用も強く、また服薬回数も少なくてよいことから、トリロスタンの代替となるのではと期待されています。

 

この薬が発表されたことで、もしかすると犬のクッシング症候群の治療が大きく前進するのでは?と期待された方もいらっしゃるかもしれません。こういった人での新薬の開発は大変喜ばしいことなのですが、この薬が獣医療の現場で使用されるためにはいくつかのハードルがあります。
一つが、犬たちでの使用例が少ないため、データを集めなければいけないという点、もう一つが薬価です。人のクッシング症候群は大変稀な疾患であり、発症率は10万人に1人と言われています。このような稀な疾患の治療薬は、研究開発にかけたお金の回収のため、価格がとても高くなります。
ヒトには保険診療があるため(それでも今回のオシロドロスタットは高価と呼べると思います)使用のハードルが比較的低いことが多いですが、これが犬猫たちへの使用となると、公的な保険診療はないため、高額な薬をそのまま使用することとなり、経済的に大きな障害があるのです。

ちなみに、獣医療で使用する薬は、実は多くがもともとはヒト用の薬です。動物用医薬品と呼ばれる動物専用の薬もありますが、これは全体の薬の中ではごく一部で、動物病院にある薬の約8割がヒトの薬となっています。たとえばトリロスタンなどは、もともとヒトの薬のみ市場に出ていましたが、2011年に動物用医薬品(商品名:アドレスタン)として発売されました。
これは、クッシング症候群が犬では比較的よく見られる疾患であり、獣医療において市場が大きいことから製薬会社が作成したのだと推測できます。ヒト用のトリロスタンは前述の通り、まれな病気の治療薬なので大変高価だったのですが、このアドレスタンの登場により、獣医療におけるトリロスタンの価格が大きく下がり、それによって犬での使用数も増え、現在主流になったという歴史があります。
オシロドロスタットに関してもこういった流れになり、犬たちにも効果があることを期待したいですね。

おわりに

さて、今回はクッシング症候群について、詳しく解説させていただきました。この疾患の治療を行うかどうかは、症状がでているかどうか、が大きく関わってきます。また、クッシング症候群の症状は、年を重ね代謝が落ちた状態によく似ています。
そのため、普段から犬たちの様子を観察し、少しでもおかしいと思ったら、年をとったね、と片付けずにかかりつけの獣医師の先生に相談してみましょう。クッシング症候群に限らず、飼い主のみなさまのなんだか違うな、というのは、疾患の発見にとても大事な一歩となることが多いです。

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