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2022.05.16

犬の膵炎が多くなった?原因と症状、予防法について解説します!【#獣医師コラム】

犬の膵炎が多くなった?原因と症状、予防法について解説します!【#獣医師コラム】

最近、動物病院で膵炎と診断される犬たちが増えているようです。いったいなぜでしょうか?
今回は、膵炎の病態から原因、また診断方法や治療法、自宅での予防法などをまとめてみました。本当に膵炎という病気そのものが増えているのか、あるいは診断技術の進歩により見つかりやすくなったからなのか、そして診断された時にどう対応したらよいのか、膵炎になりにくくなるためにはどのようなことに気を付けたらいいのか、このあたりもお話させていただきます。

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この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師

東京大学 農学部獣医学科卒業。 東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。 たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。 現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。 得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。講演なども行っている。

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犬の膵炎とは?

膵炎とは、名称の通り、膵臓と呼ばれる臓器に炎症が起きる病気を指します。
膵臓は胃から小腸の近くに存在し、主に2つの働きをしています。
1つ目は、食物の消化のサポートで、食物を分解するために必要な消化酵素と呼ばれる物質を小腸に分泌しています。
2つ目は、血糖値の調整で、血糖値を下げるインスリンと呼ばれるホルモンや、血糖値を上げるグルカゴンと呼ばれるホルモンも産出しています。
2つ目の働きに異常が起きると、糖尿病につながったりもします。


こういった働きを持つ膵臓が炎症を起こすことで膵炎が発症するのですが、この炎症には、急性と慢性の2種類があります。
急性膵炎は、膵臓が作っている消化酵素が突然活性化されることで、食物ではなく膵臓自体を消化してしまい、組織に炎症が起きる状態を指します。
普段、膵臓で作られる消化酵素は、小腸に分泌されて初めて活性化され、消化能力を持つようになるのですが、何らかの理由により膵臓内で活性化されてしまうことが原因です。
軽度な炎症から、膵臓に限らず周囲の組織まで波及してしまうような重度な炎症まで、程度は様々あります。一方、慢性膵炎は、こういった炎症が少しずつ起きることで、膵臓自体が徐々に硬くなり、消化酵素の流れが悪くなったり、膵臓の機能が落ちてしまったりといった状態になります。


膵炎になる原因は分かっていませんが、高脂血症がリスクとなることは分かっており、そのため遺伝的に高脂血症になりやすい犬種、ミニチュア・シュナウザー、ヨークシャー・テリア、コッカー・スパニエル、コリー、ボクサーなどがかかりやすいとわれています。
その他、クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)や甲状腺機能低下症、糖尿病などのホルモンの疾患、また肥満や脂肪の多い食事なども代表的なリスク要因として知られています。しかしすべての犬種において発症の可能性はあり、中年齢以上のシニア期の犬でとくに発症が多いとされています。

犬の膵炎の症状と診断方法

急性膵炎の症状として知られているのは、突然の食欲不振、嘔吐、下痢、震えなどが挙げられ、強い腹痛が起きることも知られています。
これらはすべて、膵臓が破壊されることによる痛み、また消化不良により起きる症状になります。腹痛があるとき、犬はよくフセの状態でお尻だけ持ち上げるような体勢をとるため、祈りのポーズ、などと呼ばれ、膵炎の特徴的な症状として知られています。
炎症が重度の場合、膵臓以外の組織まで影響が出ることがあり、そうなると多臓器不全と呼ばれる致死的な状態に陥ることもあります。
慢性膵炎では一般的な消化器症状がよく見られ、食欲不振、嘔吐、軟便などがよく見られます。


膵炎の診断は、ヒトではCT検査が標準と言われていますが、犬ではCT検査に麻酔が必要なため、取り入れている病院はかなり少ないと考えられます。
基本的には血液検査と超音波検査によって調べることが多く、同じ症状を示す他疾患の除外を行いながら診断していきます。

 

膵炎に特徴的な検査結果として、血液検査では膵特異的リパーゼと呼ばれる物質の上昇があります。
この膵特異的リパーゼとは、膵臓で産出される消化酵素であるリパーゼを検出し、膵炎では80%以上の症例で上昇すると言われています。
以前はこの計測が動物病院内では実施できず、必ず病院外の検査センターに検体を送って計測してもらっていたりしたため、結果が分かるまでに時間がかかっていたのですが、最近では動物病院内で計測ができる機器がでてきたり、また病院外の検査センターでも迅速に結果がでるようになったりと、効率よく計測できるようになりました。
なお、膵特異的でないリパーゼも血液検査で計測することができ、膵炎の場合、50~60%程度の犬で上昇するとされているため、診断においては補助的に利用されることもあります。超音波検査では、膵臓の異常が画像的に検出できることが多いです。ただし、比較的高性能な超音波検査機器が膵臓の描出には必要です。

以上のように、膵炎は、膵特異的リパーゼの上昇および超音波検査での膵臓の異常により疑いを持ち、そのほかの疾患の除外を行いながら診断をしていきます。

犬の膵炎の治療と薬について

膵炎は長年、特効薬がない疾患として知られていました。しかし、最近、膵炎の新薬がでたことで話題となっています。
新薬は、フザプラジブナトリウム水和物(商品名:ブレンダZ)という物質で、炎症を引き起こす白血球の活動抑制をすることで、膵臓での炎症を和らげる効果があるとされています。この新薬は、急性膵炎の初期に、5日連続で静脈内投与をする投与方法で、急性膵炎が起きた際の初期治療として注目されています。

その他、急性膵炎では全身状態が悪化することもよくあるため、体の循環をよくするために輸液を行ったり、嘔吐や腹痛の緩和のため、制吐剤や鎮痛薬を用いて対処療法を行っていきます。高脂肪食が膵炎のリスクになると知られていますので、食事は低脂肪のものに切り替えます。
なお、一昔前までは、膵炎になったら絶食絶飲し、消化管を休ませるといった治療が一般的でよく用いられていたようですが、現在は推奨されていません。
最近の研究で、絶食絶飲しない方が治療成績がよいということが分かってきたためで、そのため犬の状況が許すならば、少量でも食事を与える、食べることが難しい場合は、カテーテルなどで食事を与えるといった方法をとる獣医師が多いようです。

重症の急性膵炎の場合は、点滴などが必要になるため入院となることが多いですが、危機を乗り越え、症状が安定してきたのちは、自宅での治療へと切り替えます。自宅での治療は、低脂肪食への食事の切り替えや、症状が残っている場合は、それぞれの症状に対する対処療法を行います。慢性膵炎の場合も同様です。

犬の膵炎の予防のためにできること

膵炎は遺伝的になりやすい犬種が分かっているなど、日常生活だけで完全に予防することは難しいとされています。
ただし、膵炎になりやすくなるリスクは分かっています。原因のところでもお伝えしましたが、肥満や高脂肪の食事は特に注意が必要です。
膵炎の予防として自宅でできることは、適正な体重維持および高脂肪のものを必要以上に与えない、この2点になるかと思います。
膵炎と診断された犬が直近で口にしたものを聞くと、ヒトの夜ご飯を盗み食いしてしまった、あるいはあげてしまった、そういう話がよくあるそうです。
少しの量でも、犬たちの体格からするとかなりの脂肪量ということもありますので、おやつをあげるときなどは注意をすることをお勧めします。

最近、膵炎と判断される犬が増えているそうです。
理由として、現代のヒトの食生活が変わってきたこと、またこういったヒトの食べ物を犬たちにあげてしまうことなどが挙げられる可能性もあるのですが、そのほか、獣医師の間で膵炎という疾患が周知されてきたことも挙げられると思います。
血液検査や超音波検査機器の精度が上がったこと、そして精度があがったことにより研究結果が多くでてきたこと、なども大きな要因と考えられます。
軽度の膵炎の症状は食欲のばらつきや嘔吐、下痢、など他の疾患でもよく見られる症状であるため、全身の検査をしっかりと行い、症状の推移もみたうえで、慎重に診断し、治療をしていくべき疾患と考えます。

おわりに

今回は膵炎についてお伝えさせていただきました。以前、自宅で焼肉をしていた家族が、ほんの出来心でカルビを犬にあげたところ、どんどん具合が悪くなっていき、動物病院に行ったら急性膵炎と診断され、命の危険もあるような状態で1週間入院した、といった話を聞いたことがあります。そのくらい、急性膵炎とはちょっとしたことで、(犬たちからしたらちょっとしたことではないのですが)命が脅かされる危険な疾患です。自宅での過ごし方、とくに高脂肪食には気をつけていただきたいなと思います。