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2025.01.16
【サイエンス犬学】犬は飼い主との再会で涙を流す!最新研究の結果に飼い主も感涙!?
私たちの暮らしを支える科学技術や科学的な研究分野の進展が、ドッグライフにも小さな変化から大きな変化までをもたらす可能性は十分にあります。そのような「最新科学」の情報から、犬と暮らす私たちも目が離せません。読んだら犬がもっと魅力的に感じる。思わず誰かに話したくなる。そんな情報をお届けします。
今回のお役立ち情報犬と人との絆に関する最新研究
飼い主との再会時にポジティブな情動の変化で、犬が涙を流すことを発見したという、麻布大学と自治医科大学と慶應義塾大学の共同研究の結果をピックアップ。動物行動学を専門とする麻布大学菊水健史教授に、詳しくうかがいます。
大学生のひと言が世界初の研究のきっかけに
帰宅したら、留守番をしていたうちの子が大喜び! その姿を見ると、飼い主としてもうれしさがあふれるのは間違いありませんが、さらにうちの子へのいとおしさが増す最新研究の結果が明らかになりました。
飼い主と再会した犬は、涙を流すというのです。
調査結果は、2022年8月、麻布大学獣医学部動物応用科学科の村田香織博士、永澤美保准教授、菊水健史教授、茂木一孝教授の研究チームによって発表されました。
証明されたのは、犬は感情的になったときに涙の分泌量が増えること、そしてその涙の分泌にはオキシトシンが関与していることです。
この研究は麻布大学のある学生のひと言がきっかけになったと、菊水教授は言います。
「研究室で出産し授乳をしていた犬を見た学生が、『あれ? 今日はジャスミン母さん、目がウルウルしてていつも以上にかわいい』と言ったのです。
分娩や授乳刺激、スキンシップなどによって“絆ホルモン”と呼ばれるオキシトシンの分泌量が増えます。なので、もしかしたら飼い主との触れ合いでも犬の目がウルウルするのではないかと推測したわけです」
こうして、世界的にも注目を集めることになった研究がスタートしました。
調査では、飼い主と自宅でくつろいでいる犬の涙の量をまず測定しました。その後、飼い主が5時間外出をして再会したときの犬の涙の量を測定。すると、外出前より涙液量が増加していることがわかりました。
「信頼している飼い主とは違い、他人との再会時には増えませんでした。つまり、犬の情動が激しく変化する場面で涙が増えることが明らかになったのです」(菊水教授)
オキシトシンの濃度上昇で涙も増加
さらに、犬の目にオキシトシンを点眼することによって、涙の量がどのように変化するかの調査も行われました。その結果、オキシトシン点眼後は飼い主との再会時に涙液量が増加しているとわかりました。
「飼い主と犬が見つめ合ったり触れ合ったりすると、お互いのオキシトシン濃度が上昇して幸せな気持ちになると、2015年に発表されています。
今回の調査からは、飼い主との再会時の触れ合いによって犬のオキシトシン分泌が上昇したことで、涙の量が増加したと考えられます」(菊水教授)
心に作用するホルモンとして知られる、オキシトシン。この20~10年は脳への作用としては“個体認知”に関わるものであることも明らかになっています。
「別の研究で、犬の鼻腔にオキシトシンをスプレーすると、飼い主へ送る視線が増えたことも確認されています。
そもそも犬は不安を感じると、飼い主に視線を送ります。犬と視線が合った飼い主は、オキシトシン分泌が増加。犬はそのような飼い主の視線を受け取るとさらにオキシトシンが分泌されるという、ポジティブループが生まれます。
犬と飼い主がアイコンタクトをすると、オキシトシンを介した絆形成のメカニズムが起きていることがおわかりいただけるでしょう」(菊水教授)
犬は人に共感する能力を持っている
2019年、麻布大学の菊水教授らは「犬は人に共感する能力を持っている」ことも研究し明らかにしています。
これは、 心拍のゆらぎから情動の変化を推定する「心拍変動解析」を用いて、人と犬の情動の変化を計測したもの。
13組の飼い主と犬のペアを解析した結果、飼い主に心的ストレスがかかって心拍が変動すると、それをそばで見ていたいくつかの犬の心拍も飼い主と同期化しました。
「すべてではなかった理由を調べると、飼育期間が長い飼い主では同期しやすいことがわかりました。
この研究から、人の情動変化が犬の情動変化へと伝染することが判明したわけですが、遺伝的なものよりも生活空間の共有が重要であるという進化理論にも合致する結果にもなりました」(菊水教授)
犬の涙は戦略!?
2022年の研究では最後に、犬の涙が人に与える影響についても調べられ、興味深い結果が判明しています。
調査方法は、まず、犬に人工の涙を点眼する前と後の2種の顔写真を撮影。それぞれを見た79名の人が持った印象を比較したところ、点眼後の目がウルウルしている写真を見たときに「犬を触りたい」「犬をかわいがりたい」といったポジティブな印象を持ったことがわかりました。
「視線を用いて人とのコミュニケーション能力を高度に進化させてきた犬にとって、涙は人からの『保護したい』『世話をしたい』といった行動を引き出そうとする戦略なのかもしれません」と、ご自身も3代目のスタンダード・プードルと暮らし、犬を心から愛する菊水教授は顔をほころばせながら語ります。
ここ10年以内の最新の研究から明らかになったとおり、1万5000年前から3万5000年以上前に現われて人と共生を始めた犬が、種を超えた“人”と共感する能力を持ち、人と絆を結べる特別な存在であるのは間違いありません。
研究結果を知ったうえで再び目の前のうちの子を見てみると、ますますいとおしく感じられるのではないでしょうか?
ライター:臼井京音
■ 菊水健史(きくすい たけふみ)教授